なぜ戦争が始まるのか 

映画からその訳を探ってみようby亀仙人2世

映画 「アフリカの女王」ボロ船で、ドイツの砲艦に立ち向かった男女の話

time 2017/09/11

映画 「アフリカの女王」ボロ船で、ドイツの砲艦に立ち向かった男女の話

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亀仙人2

映画 「アフリカの女王」

1951年 アメリカ・イギリス

「アフリカの女王」は主演のハンフリー・ボガートが船長をしているオンボロな蒸気船の名前です。第1次世界大戦でドイツの植民地であった東アフリカが舞台になっています。

 

監督
ジョン・ヒューストン

脚本
ジェームズ・エイジー
ジョン・ヒューストン

原作
セシル・スコット・フォレスター

製作
サム・スピーゲル

出演者
ハンフリー・ボガート
キャサリン・ヘプバーン

音楽
アラン・グレイ

撮影
ジャック・カーディフ

編集
ラルフ・ケンプレン

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映画の舞台になった、当時のドイツ領東アフリカ

第1次世界大戦当時ドイツはアフリカにトーゴランド(現トーゴ)、カメルーン、南西アフリカ(現ナミビア)、東アフリカ(現タンザニア、ブルンジ、ルアンダ)の四つの植民地を所有していました。

 

第1次世界大戦が始まると、東アフリカを除くドイツの植民地はイギリスにより次々と攻略されていった。東アフリカではドイツ人指揮官レットウ・フォルベック大佐は3000名のヨーロッパ人将校と兵士、11000名の現地人兵士(アスカリ)を率いて三十万人を超すイギリス軍と戦い、六万人以上の損失をイギリス軍に与えた。

彼は決戦するのを避け、イギリス軍に出来るだけ多くの人員と物資を消費させることを念頭に置いてゲリラ戦を行い、敵を撃破しては武器や物資を鹵獲しながら、東アフリカ領内だけではなくポルトガル領東アフリカ(後のモザンビーク)まで足を延ばし、最終的にはイギリス領ローデシアに侵入したところで休戦を迎えた。

エピソード

まず本作品は作品中に著作権を示す表記がなかったため、著作権を放棄したとみなされています。

監督のジョン・ヒューストンを始め俳優のハンフリー・ボガート、キャサリン・ヘプバーンは当時アメリカに吹き荒れた赤狩り(マッカーシズム)によってハリウッドで仕事ができなきなったため、アフリカで長期ロケを行い、のちの撮影と編集はロンドンのワートン・ホール撮影所でで行われた。

資金はかって監督のジョン・ヒューストンの製作を担当したサム・スピーゲルが私財をなげうって新しくイギリスに「ホライズン・ピクチャー」を設立し担当した。この会社はこの後デイヴット・リーン監督の「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」の製作を担当している。

アフリカの撮影は悪天候でセットが流されたり、「アフリカの女王」号が水没したり、スタッフが赤痢やマラリアに罹ったりして大変でした。また監督のヒューストンは撮影をほっぼり出して象撃ちのほうに熱中して、ヘップバーンと喧嘩したりもした。このことはのちにヘップバーンが「アフリカの女王とわたし」という本を出して監督を批判している。またロケに同伴した脚本家のピーター・ヴィアテルもこの時の体験をもとに「ホワイトハンター ブラックハート」を書いて出版しています。

主演のハンフリー・ボガードは映画「カサブランカ」でのトレンチコートを着て、煙草をふかしているニヒルな二枚のイメージが強いですが、この映画ではボロボロの服を着た気の弱い酔っ払いのおっさんを演じています。イメージが大きく狂ってしまいますがこの映画で彼は念願の「アカデミー主演男優賞」を貰羅うことができました。

あらすじと感想

1914年ドイツ領東アフリの奥地でローズ・セイヤーは宣教師の兄サミュエルとともに教会を作り布教活動をしていた。そこに郵便物や物資を運ぶ「アフリカの女王」のチャーリーが荷物を届けに音連れ、ヨーロッパで戦争が起こったことを教えた。

やがてドイツ軍がやって来て、村人は全員連れ去られ、村は焼き払われてしまいました。あまりのショックに兄のサミュエルは発狂し、死んでしまいます。

一人残ったローズは翌日訪れたチャーリーの「アフリカの女王」号に乗って、村から逃げることにしました。船の中に爆薬と、酸素と水素のガスボンベを見つけたローズは魚雷を作って、イギリス軍進軍の妨げになっているドイツの砲艦「ルイザ号」を撃沈する計画を立てます。

女の人は怖い。特に神様を信じ切っている女の人はもっと怖い。神様がついているから、ナポレオンみたいに「不可能はない」とばかり、何のためらいもなく猪突猛進してしまう。チャーリーもローズの強引さに負けて、渋々ながら「ルイザ号」のいる湖まで川を下ることになりました。

船は急流に出て流れに翻弄されます。ローズが恐怖を感じて計画を止めることを期待したチャーリーの思惑と反対に、ローズは今まで味わった事のない経験に興奮して楽しんでいました。

当てが外れたチャーリーは酒を飲んでローズに暴言を吐き、寝てしまします。このシーンのハンフリー・ボガートは本当に酔っぱらっていたそうです。翌朝チャーリーが目を覚ますと、怒ったローズは船に積んでいるジンを川に捨てていました。

チャーリーはローズに謝りましたが、なかなか許してくれません。仕方なくチャーリーはローズの言う通り川を下ることにしました。

難関のショナにあるドイツ軍の要塞と、それに続く激しい急流を無事乗り切った二人は抱き合って喜び、思わずキスをしてしまいました。

その後も滝から落ちて船が壊れたりしたが、何とか目的地近くの葦の生繁る沼地に到達しました。葦のため見通しがきかない二人は方向を見失い、チャーリーもマラリアに罹りもう一歩のところで行き詰ってしまいました。死を覚悟したローズは神様に祈りました。その晩大雨が降り、水かさを増した流れに乗って二人が気付いた時には船は湖まで流されていました。

湖で巡回中のルイザ号に出会った二人は、急いで葦の茂みに隠れ次に回ってきたときに備えて魚雷を作り、待つことにしました。

決行の夜、ルイザ号に向かったアフリカの女王は、大雨で荒れた波にのまれて転覆してしまい、二人は湖に投げ出されてしまいました。

二人は無事ルイザ号に救われましたが、イギリスのスパイとして死刑を宣告されてしまいました。刑の執行の直前、チャーリーは船長に頼み込み最後の願いとしてローズと結婚させてほしいと頼みました。

結婚式が終わり処刑の直前、ルイザ号は転覆して漂っていたアフリカの女王と衝突し積んでいた魚雷の爆発で沈んでしまいます。再び湖に投げ出された二人は、喜びながら岸に向かって泳ぎ続けるのでした。

はじめはイメージが狂って驚いたハンフリー・ボガートですが、見ているうちに人間味あふれる彼の演技にひかれてしまいました。またローズが一息入れるごとに紅茶を飲んでいる姿に、さすがイギリス人と紅茶は切っても切れない関係があるのだと改めて知らされました。

おまけ

ルイザ号のモデルになった船「グラーフ・フォン・ゲッツェン」

グラーフ・フォン・ゲッツェンはアフリカのタンガニー湖で運行するためドイツのマイヤー・ヴェルフト社で建造されました。

建造後いったん解体され現地で組み立てなおし、1913年からタンガニー湖で就航されました。第1次世界大戦中はドイツ軍によって、前甲板に40口径速射砲を取り付け砲艦として使用されました。

建造から100年以上たちましたが、この船は「リエンバ」と名前を変え現在も就航しています。

現在のグラーフ・フォン・ゲッツェン(貨客船リエンバとして運行中)

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