なぜ戦争が始まるのか 

映画からその訳を探ってみようby亀仙人2世

外交交渉で戦争は回避できるのか? その答えがここにある 映画 「13デイズ」

time 2017/06/27

外交交渉で戦争は回避できるのか? その答えがここにある 映画 「13デイズ」

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亀仙人2

映画「13デイズ」

2000年 アメリカ

キューバ危機当時、アメリカ政策担当者がとった言動を映画にした作品です。

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いつもは映画の感想や思いを最後に書くのですが、今回だけは最初に書かせてもらいます。

実はこの記事を書いている途中こんな報道が流れました。

安倍首相の大好きな読売新聞の記事です。(2017年6月21日08時56分)

「北朝鮮情勢の緊迫化を踏まえ、政府が弾道ミサイルが発射された際の避難方法を紹介する初めてのテレビCMを、23日から放映する。

 CMは30秒間で、7月6日までの2週間、在京民放5局で放送する。CMは冒頭、ミサイルが日本に落下する恐れがある場合に全国瞬時警報システム「Jアラート」で緊急情報が流れることを説明。〈1〉頑丈な建物や地下に避難する〈2〉建物がない場合は物陰に身を隠すか地面に伏せて頭を守る〈3〉屋内の場合は窓から離れるか窓のない部屋に移動する――の3種類の避難行動を、イラストとナレーションで紹介する。

 政府はこのほか、6月23~25日に全国70紙の新聞、26日~7月9日にはインターネットの大手検索サイトで、同趣旨の広告を掲載する予定だ。」

何で急に政府がこんなコマーシャルを流しだしたか、変に思っていたら続きがありました。

同じく読売新聞の記事です。(2017年06月26日 08時38分)

政府は、航空自衛隊に配備予定の最新鋭ステルス戦闘機「F35」に、遠く離れた地上の敵を攻撃できる「空対地ミサイル」を導入する方向で検討に入った。

 自衛隊への導入は初めてとなり、2018年度予算に関連経費の計上を目指している。国内の離島有事に備えるのが主目的だが、自衛のために相手国の基地などを攻撃する「敵基地攻撃能力」の保有を念頭に置いているとの見方もある。

 複数の政府関係者が明らかにした。空自のF4戦闘機の後継となるF35は米軍などが採用している。敵のレーダーに探知されにくい高度なステルス性能を持つ。空自は計42機を導入し、今年度末から三沢基地(青森県)に順次配備する予定だ。このF35に導入する有力候補として検討しているのは、F35の国際共同開発に参加したノルウェーが主体となって開発中の「ジョイント・ストライク・ミサイル(JSM)」だ。海上の艦船を狙う「空対艦」とともに、空自が現在保有していない「空対地」ミサイルの能力を併せ持ち、射程は約300キロ・メートルとされている。

この記事について少し突っ込ませていただきます。

空対地ミサイルは、戦闘機や爆撃機で地上にある動かない目標(港・陸軍や空軍などの基地・軍需工場・道路や鉄道や橋など)を破壊するものです。「国内の離島有事に備えるのが主目的」とありますが、どこの何を破壊するのでしょうか。分かりません。

もし、敵に占領された国内の施設を破壊するのでしたら、工兵隊や砲兵隊・爆撃機を出せば済む話で、何も300キロ・メートルの離れた空中から狙う必要はありません。

『海上の艦船を狙う「空対艦」とともに、空自が現在保有していない「空対地」ミサイルの能力を併せ持ち』とありますが、狙いはそのものずばり『自衛のために相手国の基地などを攻撃する「敵基地攻撃能力」の保有を念頭に置いている』方だと思います。

相手国の「敵基地攻撃」の対象となる国はどこでしょうか。たぶん北朝鮮でしょう。北朝鮮は黙ってやられてくれますか。中国やソ連がどう出ますか。世界が使う軍事費の3分の1を使うアメリカが北朝鮮に手を出さないのはどうしてでしょう。

私は是非とも安倍首相にこの映画を見て貰いたいと思います。

そして「文民統制」とは何か、思い出して頂きたい。

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映画に戻ります。

監督: ロジャー・ドナルドソン
製作: ピーター・O・アーモンド
アーミアン・バーンスタイン
ケヴィン・コスナー
ケヴィン・オドネル
製作総指揮: トーマス・A・ブリス
マイケル・デ・ルカ
イロナ・ハーツバーグ
原作: アーネスト・R・メイ
脚本: デヴィッド・セルフ
撮影: ロジャー・ディーキンス
編集: コンラッド・バフ

出演

ケヴィン・コスナー (ケネス・ケニー・オドネル大統領特別補佐官)
ブルース・グリーンウッド (ジョン・F・ケネディ アメリカ合衆国大統領)
スティーヴン・カルプ (ロバート・ボビー・ケネディ司法長官)
ディラン・ベイカー (ロバート・ボブ・マクナマラ国防長官)
ルシンダ・ジェニー (オドネルの妻 ヘレン・オドネル)
ビル・スミトロヴィッチ (マックスウェル・ティラー将軍 統合参謀本部議長)
ピーター・ホワイト (ジョン・マッコーンCIA長官)
レン・キャリオー (ディーン・アチソン元国務長官・弁護士・非公式アドバイザー)
エリヤ・バスキン (アナトリー・ドブルイニン駐米ソ連大使)
マイケル・フェアマン (アドレー・スティーブンソン国連大使)
ケリー・コネル (ピエール・サリンジャー大統領報道官)
ヘンリー・ストロジャー (ディーン・ラスク国務長官)
フランク・ウッド (マクジョージ・バンディ国家安全保障担当大統領特別補佐官)

キューバ危機に至る経過はこちら ↓

「キューバ危機」とは。「戦えば多くの国民が犠牲になる」この一念が、核戦争を防いだ

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あらすじ(半分ネタバレ)

(注)これからの各事件は映画の中で起こったことを書いているので、実際と違っているところがあります。

1962年10月14日、偵察機U-2がキューバ上空を飛び撮影したフィルムをもって無事基地に帰還した。

高高度偵察機U-2

戦闘機が飛んでこれない高高度(2万5千メートル)を飛ぶことのできる偵察機。しかしソ連が高高度まで届く地対空ミサイルを開発したため、撃墜されるようになった。

10月15日、国立写真解析センター(NPIC)に持ち込まれたフィルムを分析した結果、ハバナから南西85Kmの位置にあるサンクリストバルの山中に準中距離ミサイル(MRBM)「SS-4」の発射基地が建設されていることを発見しました。

10月16日、この情報は、国家安全保障担当大統領特別補佐官マクジョージ・バンディのもとに報告書が届けられました。

この報告書は直ちにケネディ大統領届けられ、キューバ危機が始まります。映画「13ディズ」はこの日から、10月28日にフルシチョフ首相がモスクワ放送で声明を発表するまでの13日間の出来事を映しています。

ロバート・ケネディ司法長官と、ケネス・オドネル大統領特別補佐官はハーバード大学時代からの付き合いであり、ジョン・F・ケネディの上院議員選挙スタッフとして一緒に働いた。その後ジョン・F・ケネディが大統領選挙も共に働き当選後、閣内に入りました。

報告を受けたケネディ大統領は、すぐに最高幹部会議を開いた。弟ロバートはKGBのボルシャコフに接触したが、キューバにミサイルを持ち込んでいることは、否定された。

この会議に出席した、航空写真専門家のアーサー・ランダールの説明で、キューバに配備されたSS-4は3メガトンの核弾頭搭載可能な射程距離1600Kmのミサイルで、ワシントンDCまで5分で到達することが出来ることが分かりました。

テイラー統合参謀本部議長によると、ミサイルは10日から14日で発射可能になるとのことです。

ラスク国務長官はキューバのミサイルを放置すれば、西半球のソビエト衛星国にも波及し事態はさらに悪化するだろうと言い、国際世論にミサイルの撤去を訴え、応じなければ空爆もやむなしとのことです。

マクナマラ国防長官の意見は、空爆するのな発射可能となる前にすべきとのことでした。

この時点では、キューバの空爆やむなしになっています。

しかし、ソビエトの報復を恐れたケネディ大統領は、弟ロバートの「頭のいいやつを集め、何か考えろとケッを蹴る」との言葉で国家安全保障会議執行委員会(EXCOM エクスコム)を設立し、有能な人材を集めた。

早速、11時57分第1回目のエクスコムの会議が開かれた。

長年ソビエト問題に取り組んできたディーンアチソンは、ソビエトにミサイルの撤収を求め応じなければ、キューバへの空爆そして侵攻、ソビエトはキューバでは敗れるがその後報復のためベルリンを攻撃、我々は条約に基づきベルリンで対決、後は双方が頭を冷やし危機を回避するというものでした。

アドレー・スティーブンソン国連大使が外交による解決を提案しましたが、集まった大部分は程度の差はありましたが、武力による解決を支持しました。

ケネディ大統領は、とりあえず空爆の準備をすることを指示して退席します。

残された軍関係者は、ミュンヘン会談の二の舞いにならぬよう話し合いながら帰りました。

ミュンヘン会談 

第1次世界大戦後に成立したチェコスロバキアのスデーテン地方は中世以来ドイツ人の入植が進み多くのドイツ人か゛住み着いていた。ナチス政権が成立すると、ズデーテン地方のドイツ人は「民族自決」を掲げねドイツとの統合を主張するようになった。これを受けヒトラーはズデーテン地方の割譲を求めました。

1938年9月23日チェコスロバキアはドイツの侵攻に備えて、総動員を布告した。
同じころドイツはズデーテン地方から、9月28日までにチェコスロバキア軍・警察・官吏を撤退させズデーテン地方をドイツに割譲することを要求した。

1938年9月25日チェコスロバキアは相互防衛援助条約を結んでいるフランスに助けを求め、これに応じフランスも14個師団の動員を開始した。

1938年9月25・26日に英仏両首相は会談を行い、「フランスがチェコスロバキアとの同盟関係の上でナチス・ドイツに参戦した場合、イギリスはフランスを支援する」ことを確認した。

1938年9月27日、ヒトラーは9月28日午後2時までにズデーテン地方の引き渡しが行われない場合、チェコに侵攻する意思を英仏に伝え、英仏がそれに対して介入を行うと警告しても「それでは我々は皆、来週には戦争に入るだろう!」と恫喝し交渉は暗礁に乗り上げ、戦争が避けられない事態になりました。

1938年9月28日イタリアのムッソリーニ首相が仲介に入り、イギリスのチェンバレン首相、フランスのダラディエ首相、イタリアのムッソリーニ、ドイツのヒトラーが会談を行う様提案した。ヒトラーはこれに同意し、チェコスロバキアとの開戦を延期した。

1938年9月29・30日と4か国の首脳はミュンヘンで会談を行い、ミュンヘン協定が締結された。
 
ミュンヘン会談でドイツがこれ以上領土の拡張を求めないという条件で、ズデーテン地方の割譲を認めるというチェンバレンの意見ににフランスが同意し、チェコスロヴァキアの犠牲においてヨーロッパの戦争の危機は回避された。

この結果、ヒトラーは強気に出れば英仏は戦争を恐れ妨害しなしと考え、ポーランドに侵攻し第2次世界大戦が始まった。

戦争を恐れ、英仏両国がドイツに対して宥和政策をとったことが、次の大戦に繋がりました。

当時、駐英大使であったケネディ兄弟の父ジョセフ・P・ケネディは、反ユダヤ主義者であったためチェンバレンのとった宥和政策を支持しました。

10月16日午後18時第2回目の会議が始まります。この回から大統領がいると自由に議論が出来ないないだろうとのことで、ケネディ大統領は欠席します。弟ロバート司法長官が会議を進めます。

問題は、キューバがミサイルを配置しただけでは、キューバを攻撃できないことです。それを許したら、アメリカはイタリアやトルコにミサイルを配置しているので、ソビエトが攻撃しても構わないことになります。

結局第2回目の会議でも結論が出す、たまたま行われていた演習(ORTSAC)を利用して軍の動員を開始するという点だけ合意して解散。

軍事演習ORTSAC

実はキューバ危機が始まる10日ほど前の10月5日、アメリカ軍はカリブ海全域に及ぶ大規模な軍事演習「ファイブリグレクス62」の実施を決定しました。実施開始予定は10月15日からです。コードネームはORTSAC(カストロの逆読み)。

これとは別に、8月20日国家安全保障会議が開かれ、ケネディは「可能な限りの短時間で、アメリカ軍の公然たる武力を行使することなく、カストロ政権の打倒を目標とした計画を展開するよう。」指示している(NSCメモ181号)。そして10月20日を準備完了予定期日とされたのである(Oプラン)。

10月6日に統合参謀本部は,大西洋艦隊に対し侵攻計画の第一段階の発動を指令.大西洋軍本部,キューバ侵攻の準備を急ぐよう指示.陸上部隊,航空機,艦船その他を戦闘配置につけ,空襲に続くフルスケールの上陸作戦(Oプラン314およびOプラン316)に備えました.

10月15日 2週間にわたる大規模な軍事演習「ファイブリグレクス62」が開始されました.

海軍2万,海兵隊4千が合同でプエルトリコのビエケス島で強襲上陸作戦を展開。仮想敵は独裁者「Ortsac」。翌日キューバ危機が始まりました。

アメリカはこの演習を名目に、全軍に対して動員をかけキューバへの侵攻作戦が秘密裏に始まります。

10月17日、ケネディ大統領は、キューバ危機をカムフラージュするため、かねてから予定していたコネチカットに中間選挙の準備のため出かけます。

17日午前、第3回目のエクスコムが開かれます。

キューバを攻撃した場合、アメリが世界から受ける批判と、ソビエトの報復を恐れるロバートは空爆以外の手を考えるように言います。

ロバートから発言を求められたマクナマラ国防長官は

「半年前に一つ考えたことがある。ただ、問題が多くまたミサイルの撤去に繋がらない考えです。・・・・キューバの海上封鎖です。」

この発言に委員たちは、どよめきました。空爆以外の選択肢が出てきたのです。

10月18日、新たな問題が発生します。U-2偵察機が準中距離ミサイルSS-4 の他に、中距離ミサイルSS-5を見つけたのです。この新しいミサイルは、北部のシアトルを除き、アメリカ全土を攻撃できます。

夜、ケネディ大統領は、マクナマラ国防長官、統合参謀本部長のテイラー大将、空軍参謀総長カーチス・ルメイ空軍大将、ジョン・マッコーンCIA長官の訪問を受けます。軍事進攻になった場合、対応にどのくらいの時間がかかるか質問されたテイラー大将は

「海軍の主力は(演習を行っているため)数日で作戦行動が可能ですが、陸軍は動員を始めたばかりなので1週間半程かかります。」

と、答えます。これに対して、ルメイ空軍大将は、

「空軍は即出撃可能です。空軍が行動を起こせば、陸軍も海軍も尻に火が付くでしょう。ミサイル発射の準備が整う前に、これを壊滅するのです。裏庭を掘り返す赤い野良犬を撃ち殺すのは、正当な権利です。」

と即時出撃命令を求めます。

カーチス・ルメイ空軍大将

カーチス・ルメイは1945年3月10日の東京大空襲の指揮官でした。ルメイは低空からの絨毯爆撃で、敵地を壊滅させる方法を造りだしました。さらに、広島・長崎の原爆投下を始め、日本全国70か所を爆撃し、日本は大きなダメージを受けました。

戦後、日本から航空自衛隊の育成に貢献したとして、「勲一等旭日大綬章」を授与されました。日本の防空網の弱点を知り尽くした彼は適任だったのでしょう。終戦後彼は、

「もし戦争に敗れていたら私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸運なことにわれわれは勝者になった」

と言っています。

当時、マクナマラ国防長官はルメイの部下でしたが

「勝つためには何をしても許されるのか」

と日本への焦土作戦に反対して、ルメイと激しく対立しました。

同じ日の夜、ケネディ大統領は、ソビエトのグロムイコ外相とドブルイニン駐米ソ連大使との会見に臨みます。この会見はキューバ危機が発生する前から予定されていたもので、ソビエト側はアメリカがキューバでミサイルを見つけたことに気づいていませんでした。

会談の最後に9月13日に出した声明文の確認を求めます。

「キューバでの攻撃用兵器の設置は、米国にとって多大なる脅威である」

これに対してグロムイコ外相は、

「キューバ軍への軍事援助は、防衛目的に限らえている」

とのフルシチョフ首相の声明文で答えます。

ケネディ大統領

「それに間違いはありませんか、キューバに攻撃用兵器はない?」

グロムイコ外相

「フルシチョフ首相が出した声明の通りです。付け加えることは、在りません」

ケネディ大統領

「それを聞いて安心しました。ご足労おかけしました」

と言って分かれます。ケネディ大統領は会談終了後「あの、嘘つきめ」と怒りました。

それとは別に、取材に来ていたニューヨークタイムズのレストン記者はバンディ国家安全保障担当大統領特別補佐官を捕まえて、

「プエルトリコでキューバ相手の軍事演習が行なわれるって」

と聞いてきました。なぜそう思うのか聞いたところ、

「暗号名がオートサックだからですよ。これ、Castroの文字を逆にしたものでょう」

バンディは秘密が漏れたことに、顔を引きつらせます。

10月19日、ケネディ大統領は次の中間選挙のため予定通りシカゴに出かけます。しかし、事態が緊迫したため風邪を引いたことにしてワシントンに戻ります。

10月20日エクスコムで、空爆と海上封鎖(封鎖は戦争行為に当たるため臨検と替えます)の意見が対立する中、アドレイ国連大使が新しい解決の道を提案します。ソ連がキューバからミサイルを引き上げる代わりに、アメリカはキューバのグアンタナモ基地とトルコに配備したミサイルを撤去するというものです。しかし、この提案にケネディ大統領は拒否しました。

結局、空爆と臨検、2つのシナリオを用意して22日夜のテレビ放映までに大統領が決断することになりました。

深夜、ニューヨークタイムズの記者、レストンとフランケルが真相を嗅ぎ付けた事を知ったケネディ大統領は社主のドライフスに電話して報道を控えるよう要請した。

10月21日ケネディ大統領は、戦略空軍司令官ウォルター・スィーニー将軍ら軍幹部と会見、空爆案の検討を行う。

スィーニーの発言要旨: 攻撃ミサイル基地のみをたたくことは不可能である。SAMミサイル基地やミグ戦闘機の基地も同時に破壊しなければならない.そのためには数百回の出撃が必要となるだろう.これらの任務を完了したあともミサイルの1割は残存するものと見なければならない。

この軍当局の見解で、空爆案をほぼ断念。しかし、22日のテレビ演説の後、いつでも空爆できるよう準備しておくよう指示した。

午後5時、下院議員代表に対して、ミサイル発見の経緯、政府のとる方針の説明を行った。

ところが議員たちは政府の対策に反対した。この反応に腹を立てたケネディ大統領は、

「大統領の地位が欲しいならくれてやる!」

と叫んだ。

10月22日午後7時ケネディ大統領のテレビ演説が放映された。この放送で全世界の人々は、キューバで起きた全人類の危機を初めて知りました。

放送と同時に全世界の米軍はデフコン3(高度な準備態勢)をとりました。

10月23日、前日のテレビ演説に対するフルシチョフ首相の声明がテレタイプで送られてきました。

「アメリカの海上封鎖は海賊行為、国際法違反、核戦争に導く挑発行為である」と非難。「キューバからのミサイル撤去も,キューバに向かって航行中の船舶25隻の引き揚げも認めない」との内容です。

同じ23日夜カストロ首相のテレビ演説です。

「米国がキューバに対し敵視と攻撃の政策をとり続ける限り,キューバは決して武装を解除しない.キューバには攻撃用兵器はないが,もし我々が望むときにはそれを手に入れる.いかなる種類の点検も認めない.帝国主義者がどんな態度をとろうと関係ないことだ」

この日のエクスコムの会議で、海上臨検の具体的な手順を確認しました。ケネディ大統領は、大統領の命令無く発砲しないよう、強く言い渡します。

また軍部は今日から低空での偵察を開始することを伝えます。表向きは、より詳細な軍事施設を明らかにするのが目的でしたが、裏では偵察機が攻撃されたことを口実にキューバに報復爆撃を行うつもりでした。

このことを見抜いたオドネル大統領特別補佐官はパイロットに、絶対撃墜されぬよう、また攻撃を受けても攻撃されたと言わぬよう求めます。パイロットは無事帰還し、何も起こらなかったと報告します。

ラスク国務長官はケネディ大統領から米州機構(OAS)緊急理事会で、全会一致でアメリカの海上臨検を支持するとの議決をもらうよう言われ頭を抱えます。

米州機構(OAS)

米州地域の平和と安全の保障や相互理解の促進などをうたった地域協力機構。1948年4月にコロンビアの首都ボゴタで開かれた米州会議で米州機構憲章が締結され,1951年12月発効した。

当初は米国主導の反共同盟の色が濃く、米国による中南米支配の道具ともいわれた。しかし、民族主義の高揚と共に、中南米諸国が結束して米国に当たる場となり、米国の思惑に反する路線を打ち出してきた。

キューバ危機当時、ラファエル・トルヒーヨ独裁政権下のドミニカと、社会主義革命を表明したキューバは除かれていた。

しかし、結果はあっけなく全会一致でアメリカ支持が決まりました。アメリカだけでなく、参加国もキューバに設置されたミサイルにより、核攻撃を受ける脅威を感じたためでした。

10月24日午前10時、米州機構(OAS)の支持を取り付けたアメリカは海上臨検を開始します。

臨検開始10分後、国防省にいるマクナマラ国防長官から報告が入ります。

「二隻のソ連船が止まる様子も見せず封鎖線に近づいてきている.ガガーリン号とコミレス号はもう封鎖線まで2マイルのところまできている.両船の間には原潜が潜っている.停船命令を発するため空母エセックスが向かっている.この部隊には原潜の封鎖突破を阻止する命令があたえられており,そのために小型爆弾の使用が許可されている。
さらに対潜水艦ソナー装置を積載したヘリを飛ばせている。このソナーで潜水艦に信号を送り、身元を明らかにすることをもとめている。」

10時25分、ソ連船が航行をやめ停止してるとの情報が入る。

10時40分、「20 隻のロシアの船が検問線を前に止まった。それらは海上で停止するか、向きを変えた。」との報告が入る。その後残りの船の内、何隻かは引き返し、その他は10月26日までの臨検で、積み荷が一般貨物と分かり通行を許可した。

同じ日、統合参謀本部は戦略空軍に対してDEFCONー2に移行することを発令。ケネディ大統領は断りなく発令したことに対して起こりました。

 

10月25日、国際連合安全保障理事会の緊急会議が開催されました。

この会議で、アメリカのアドレー国連大使は議長を務めるソ連のゾリン国連大使にキューバにミサイルを配置しているか尋ねました。

ゾリン国連大使が否定すると、証拠の偵察写真を見せ

「通訳は必要ないでしょう、イエスかノーだけで答えてください。」

ゾリン大使が返事を渋ると、有名な

「地獄が凍り付くまで、ご返事を待ちます」

とたたみかけ、ソビエトがキューバなミサイルを置いていることを世界に示した。

10月26日、ABC記者ジョン・スカリは、ソ連大使館の広報担当参事官(実はKGBの職員)アレクサンドル・フォーミンの依頼を受けワシントン市内で昼食をともにし、一つの提案を受けた。

フォーミン提案: フォーミンは「戦争の勃発が迫っている」とし,概略以下を提案.国務省内の「高級な友人たち」と接触するよう求めた.
(1) ソ連のミサイル基地を国連の監視の下に公開する. (2) 米国が侵攻しないと確約すれば,カストロも攻撃用兵器の導入をしない.これを条件に米国はキューバ侵攻を中止する,という提案です。

ジョン・スカリ記者はラスク国務長官に報告し、ケネディ大統領と会談した。

21時35分、スカリ記者は再びフォーミンと会い、大筋で提案を受け入れることに大統領が同意したと伝える。

26日深夜、フルシチョフからの親書がワシントンに届きました。

フルシチョフ首相からの親書

「親愛なる大統領閣下
あなたが、本当に平和と貴国の人々の福利に関心がおありなら、私は同様にソ連邦首相として我が国の人々の福利に関心が有ります。さらに、普遍的な平和の維持は両国の共通の関心事であるはずです。もし戦争が現代の状況下で勃発したら、それは単に両国間の戦争ではなく、悲惨で破壊的な世界規模の戦争となるからです。
(中略)
私の提案はこうです。我々はキューバにこれ以上の兵器は送らないし、キューバにある(攻撃的)兵器は撤収するか破棄する。その代わりに、アメリカはキューバに侵攻しないと約束し、海賊のような臨検行為を中止する。我々は戦争と我々を結びつけるロープを互いに引き合っているようなものだ。引けば引くほど結び目に固くなり、やがて結んだ当人すら解けなるなるだろう、そうなれば、結び目を断ち切る必要が出るが、それが何を意味するかよくおわかりだろう」

「キューバ危機」解決の道が見えてきました。

 

10月27日(暗黒の土曜日)前日の明るい空気から一転して悪いことが立て続けに起こりました。

午前9時、フルシチョフ首相はケネディ大統領あてに2番目のメッセージを送りました。

2番目の親書

あなたは、自国の安全保障を確かな物にしたいだろう。それは大統領としての当然の義務である。
しかし、私も全く同じ悩みを抱えている事を忘れないで欲しい。キューバはアメリカから90マイルしか離れていない。しかしアメリカは破壊的なミサイルをトルコに設置しているが、トルコはソ連からまさに90マイルの位置にある。
私は、以下のような提案を行う。我々は攻撃的兵器すべてをキューバから撤去する。アメリカもトルコから同様の武器を撤去して頂きたい。

午前10時、エクスコムが招集され、新しい信書に対して協議が開始される。

午前10時から11時にかけて、アラスカを飛び立ったU-2偵察機がソ連領内に迷い込んでしまい救援を求めてきた。アメリカとソ連の戦闘機が離陸したが、U-2型機がソ連領空から脱出出来たため、事なきを得た。

10時21分、キューバのオリエンテ北部バネス上空を偵察中のU2機がソ連軍の地対空ミサイルSA-2により撃墜される。パイロットのルドルフ・アンダーソン少佐が死亡。

正午ごろ、アメリカ軍が海上封鎖線上で、ソ連の潜水艦B-59に対し爆雷を投下。艦長は航空母艦に向けて核魚雷の発射を決定。3人の部下全員の同意をもとめた。ヴァシーリ・アルヒポフは反対し、体を張ってそれをとめた。(英ガーディアン紙のが報道)

U-2が撃墜撃墜されたことでエクスコム全体が空爆賛成に流れます。それまで慎重だったマクナマラ国防長官までも、賛成に加わります。ケネディ大統領も抑えきれず月曜日の朝、攻撃開始をすることに決め、準備するよう指示します。

それでもケネディ大統領はあきらめず解決の道を探ります。キューバを攻撃すれば、必ず報復します。それが、たとえわずかでも何万人かの自国民が死ぬことになるのです。更にソビエトは報復のため西ヨーロッパを攻撃し、是な世界が戦争に巻き込まれます。彼はそれを恐れました。

最終的にエクスコムは

・フルシチョフの第2の親書は無視し、第1の親書の内容を全面的に受け入れる。
・トルコのミサイルを、半年後に撤去することを非公式に約束する。しかし撤去前にソ連がこの情報を暴露した場合は、密約の存在を否定し、撤去はおこなわない。
・10月29日(月)朝までに返答がない場合は、取引は無効とする。

と、決めソビエトとの最後交渉に入ります。

その頃、ソビエトのドブルイニン駐米大使は、「トルコのミサイル撤去の条件を絶対条件として、なんとしても交渉の糸口をつかめ」と本国からの指示が来ていましたが、アメリカ国務省は、U-2機を撃墜したことで、態度を硬化し取り付く島もありませんでした。彼は戦争を覚悟し、機密書類の焼却処分をしていました。

いよいよ、アメリカ大統領の弟ロバート司法長官とソビエトのドブルイニン駐米大使の会見が始まります。

ドブルイニンはこの時のロバートの様子を「司法長官は蒼白な顔をして私を迎えた」と表現し、ロバートも「大使は無表情でぎこちなかった」とドブルイニンの様子を語っており、2人とも極度に緊張していた事がうかがえます。この時、ロバートは36歳、ソ連のドフルイニンは42歳と若かったため無理もありません。

ロバートは先の3つの条件を提示し、ドブルイニンはこの条件を、ソビエトに伝えるため急いで帰ります。

帰る間際ドブルイニンはロバートに対してこう言います。

「あなたと、あなたのお兄さんは善い人だ。ソビエトにも善い人はいます。善い人々の意思が恐ろしい流れを食い止めてくれるように」

夜遅く家に帰ったオドネル、は起きてきた妻に言います。

「もし、明日太陽が昇ったら、それは善い心の人間のおかげだ。それが人間と悪魔とを区別しているものだ。」

10月28日早朝、モスクワ放送はフルシチョフ首相はケネディ大統領宛ての手紙をロシア語と英語で発表しました。

手紙の骨子:

平和を脅かす戦いを,できる限り迅速になくすため,平和を望む人々に確信を与えるため,またソ連国民と同様に平和を望んでいるはずのアメリカ国民を安心させるため,ソ連政府はキューバにおける軍事基地建設工事の中止命令をすでに発した.さらに,貴下が攻撃的だと考える武器を撤去しソ連に持ち帰るようにとの新たな命令を発した。

「太陽が昇った。そして我々に何かを語りかける。」

と言いながらじっと外を眺めるオドネルに対して、子供たちは怪訝な顔をするのであった。

感想です

キューバと戦って勝つよりも、いかに国民を守るかを主眼とするケネディ兄弟の考えを、軍部はまるっきり理解できないのが分かりました。

第1次世界大戦では、お互い戦って生き残った数の多い方が勝つ消耗戦を行ったため、終戦後国を復興させるための働き手が無くなり国そのものが衰退してしまいました。

軍人は、国または国の組織を守ることを目的としますが、そうではなく国民の命を守ることを第1の目的としてもらいたいと思います。

 

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