なぜ戦争が始まるのか 

映画からその訳を探ってみようby亀仙人2世

映画 『サラの鍵』1942年、パリでユダヤ人の一斉検挙が行われました。少女サラは、幼い弟が捕まらないように納戸に隠し、鍵を掛けました。しかしサラと両親は検挙されて、収容所へ送られてしまいました。

time 2023/06/15

映画 『サラの鍵』1942年、パリでユダヤ人の一斉検挙が行われました。少女サラは、幼い弟が捕まらないように納戸に隠し、鍵を掛けました。しかしサラと両親は検挙されて、収容所へ送られてしまいました。

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亀仙人2

映画 『サラの鍵』

制作 2010年 フランス

2009年、パリで暮らすアメリカ人ジャーナリストのジュリアは建築家の夫ベルトランと一人娘ゾーイと共に3人でパリに住んでいました。夫ベルトランは子供の頃過ごした古いアパートを祖父母から譲り受けて、改装を始めました。

このアパートは、昔サラの一家が住んでいた所でした。

映画 『サラの鍵』 原題 『Elle s’appelait Sarah (彼女の名前はサラ)』

監督:ジル・パケ=ブランネール

脚本 : ジル・パケ=ブランネール
セルジュ・ジョンクール

原作 : タチアナ・ド・ロネ ( アイキャッチ画像の人  )

配役

サラ・スタルジンスキ 

子供の時 メリュジーヌ・マヤンス

大人の時  シャーロット・プトレル

ウワディスワフ・スタルジンスキ(サラの父親)

アルバン・バイラクタライ

リフカ・スタルジンスキ (サラの母親)

ナターシャ・マスケヴィッチ

 

ジュール・デュフォール(サラを助けた老農夫)

ニエル・アレストリュプ

ジェネヴィエーヴ・デュフォール(老農夫の妻)

ジェネヴィエーヴ・デュフォール

 

ナタリー・デュフォーレ(老夫婦の孫娘)

ヴァンシアーヌ・ミロー

リチャード・レインズファード (サラの夫)

若いとき フレデリック・ギヨー

晩年 ジョージ・バート

ウィリアム・レインズファード(サラとリチャードの息子)

エイダン・クイン

レインズファード夫人(リチャードの後妻。ウィリアムの継母。)

ジョアンナ・マーリン

 

 

ジュリア・ジャーモンド(アメリカ人ジャーナリスト)

クリスティン・スコット・トーマス

ベルトラン・テザック (ジュリアの夫 建築家)

フレデリック・ピエロ

ゾーイ・テザック(ジュリアとベルトランの娘)

カリーナ・ヒン

アリス(ジュリアの妹 アメリカ在中)

ナンシー・テイト

エドゥアール・テザック(ベルトランの父親。ジュリアの義父)

ミシェル・デュショソワ

マメ・テザック(ベルトランの祖母。エドゥアールの母)

ジゼル・カサデサス

 

あらすじ(例によってネタバレいっぱい)と解説

1942年7月16日、ドイツ占領下のパリでフランスの警察による、大規模なユダヤ人の一斉検挙(ヴェル・ディヴ事件)が行われました。

 

ヴェル・ディヴ事件の詳しい内容はこちらのサイトの冒頭で説明しています ↓

映画 『黄色い星の子供たち』1842年7月16日から17日にかけて、ドイツ占領下のパリで外国籍のユダヤ人の大量検挙事件が起きました。

1942年7月16日の夜、パリのマレ地区にあるサラの家に警察がやって来て、一緒に来るように言いました。サラは急いで弟のミッシェルを納戸に入れ、勝手に出てこないよう外から鍵を掛けてしまいます。

検挙されたサラと両親は、一緒に検挙されたユダヤ人達と一緒に臨時の収容施設となった、ヴェル・ディヴの冬季競輪場に送られました。サラは家に残してきた弟ミッシェルのことが気がかりで、親になんとかしてほしいと頼みましたが、ミッシェルを納戸に閉じ込めてしまったサラが悪いと、逆に怒られる始末でした。

トイレも水場もない過酷な環境の中で何日か過ごした後、一家はボーヌ・ラ・ロランド臨時収容所に送られました。ここは検挙したユダヤ人達を、アウシュビッツに送る前に一時的に収容する施設でした。

ここでまず父親と母と子に分けられ、男性が先にアウシュヴィッツの収容所に送られました。この時サラは高熱を出し、熱にうなされ「ミッシェルを助けなくちゃ」と言い続けていました。

次に女性が送られる番なり、サラは母親にしがみついていましたが、水を掛けられて無理矢理放別れさせられました。サラはそのまま気を失って倒れてしまいます。

気を失ってから3日目、目を覚ましたサラは看護してくれた少女と一緒に、収容所からの脱走を図りましたが、警備していた警官に見つかってしまいました。納戸の鍵を見せ、弟を助けるために逃がしてくれるよう必死に頼んでいるサラを見て、その警官は鉄条網を素手で持ち上げ隙間を作って、2人を逃がしてくれました。

2日目の夜、2人は明かりのついている農家を見つけ、助けを求めましたが追い払われてしまいました。翌朝、農夫は納屋で犬と一緒に寝ている2人を見つけました。サラと一緒に居た少女が高熱を出して苦しんでいたため、農夫は医者を呼びましたが、医者と一緒にドイツ軍の憲兵もやってきました。ドイツ軍が農家の捜索を始めたとき、少女が死んでしまい、ドイツ軍は少女の死体を持って帰ったので、隠れていたサラは見つからずに済みました。

 

時は過ぎ2009年、フランスで暮らすアメリカ人ジャーナリストのジュリアは、一人娘のゾーイと共に建築家の夫ベルトランが子供の頃住んでいた古いアパートを見に行きました。パリのマレ地区にあるこのアパートは、ベルトランの祖父母が戦時中に手に入れた物でした。

ジュリアはジャーナリストとして、パリでニュース雑誌の編集をしています。編集会議でヴェル・ディブ事件の話題が出たとき、2人居る若い編集者が共に何も知らないことに驚き、特集を組むことにしました。

早速ジュリアは2人の編集者を連れて、取材を開始しました。

取材に応じた老婆の話によると、当時は収容所となったヴィル・ディブ冬期競輪場の向かい側のアパートに住んでおり、しばらくすると窓を開けられないほどのひどい匂いがして、大変だったと話しました。

1942年7月のヴィル・ディブ冬期競輪場の内部。

検挙された人たちは、観客席ではなく競技用のコースと、

その内側の平らな所で過ごしていました。

出典 mundobici

事件の時、収容所となっていたヴィル・ディブ冬期競輪場は、1959年に解体され、その後フランス内務省のビルが建てられました。

1942年7月16日のヴィルディブ冬期競輪場入り口付近の写真。

検挙したユダヤ人たちを運んできた多数のバスが止まっている。

同じ場所に建てられたフランス内務省のビル。

赤い〇の所に当時と同じく、地下鉄の高架橋があります。

橋の向こうには、同じ形の建物があります。

出典 2枚とも公共空間における芸術プロジェクト I

取材の傍ら、シュリアは病院に入院しているおばあさん(ジュリアの義祖母、義父エドゥアールの母)の見舞いに行きました。おばあさんの話によるとエドゥアールの父と母はパリで小さな店を開いており、3人はその2階の狭い部屋で暮らしていました。1942年8月パリのマレ地区にあるアパートの部屋を買い取り、以後60年間ずっとその部屋で暮らしていたとのことでした。また、おばあさんはジュリアの様子を見て、妊娠していると告げました。

検査の結果、妊娠したことが分かった彼女は、レストランで夫のベルトラン逢い、妊娠したことを告げました。

このレストランのシーンで暗くて分かり難いですが、ベルトランと話しているジュリアの後ろの席に原作者のタチアナ・ド・ロネ ( アイキャッチ画像の人  )がいます。

白い丸で囲った部分

映画よりキャプチャー(28分付近)

しかし夫のベルトランは、この歳になって新しく子供はいらないと言って反対しました。

ジュリアはこれから住むことになるアパートが、ベルトランの曾祖父によりヴェル・ディブ事件の1ヶ月後に手に入れたことに興味を持ち、パリ4区にあるショア記念館(フランスではホロコーストのことをショアと言います)に行き、以前ユダヤ人が住んでいたかどうか調べて貰いました。

パリのマレ地区にある、ショア記念館

出典 Wikipedia

その結果ジュリアが入ることになったアパートには、ユダヤ人親子と子供二人のスタジンスキ一家が住んでいることが分かりました。夫のウワディスワフ・スタルジンスキと妻のリフカ・スタルジンスキはアウシュヴィツに送られ殺されていましたが、娘のサラ・スタジンスキとその弟ミシェル・スタジンスキのその後の記録はなく、消息不明となっていました。この記念館でジュリアは、一斉検挙の時に撮ったサラの写真を手に入れました、その写真の胸にはユダヤ人を表わす、六角形の星が付いていました。

ジュリアがおばあさんの見舞いに行くと、義父のエドゥアールが来ていて、

「母には話せない内緒の話がある」

と言って、ジュリアを病院の外に連れ出しました。エドゥアールは母には絶対に話さないと約束した上で、アパートに引っ越した時の話をしてくれました。

当時9歳だった義父がアパートに引っ越してきた時は、部屋中にものすごい匂いがしていました。始めはキッチンで死んでいた猫のせいだと思い、片付けましたが匂いは取れませんでした。

その翌日、サラという名の小さな少女が無理矢理入ってきて、持っていた鍵で納戸の扉を開けました。中に入っていたのは、腐乱状態になった幼い男の子の死体でした。サラを連れてきた老夫婦は、急いでサラをその場から離し、男の子の死体を丁寧に包んで持ち帰ったとのことでした。

その時義父の母親は、店に出て居て留守だったため、母に内緒にすることにして話題にすることを避けたため、その後のサラの消息は分からなくなりました。ただ父親の死んだときに、彼らの手紙や書類の遺品が銀行の貸金庫に預けているから、調べてみるといいと教えました。

ジュリアが遺品を整理していると、ロワレ県(ロランドの収容所があったところ)の農家から来た手紙がたくさん見つかりました。この農家の老夫婦(夫ジュール・デュフォールと妻のジェネヴィエーヴ)は、収容所から逃げたサラを助け、さらにサラをパリまで連れて行った二人でした。二人はサラを養子として迎え、彼の二人の孫のニコラ・デュフォールとエドガー・デュフォールと一緒に兄弟同様に育てました。手紙の中にはこの二人と一緒に撮った、サラの写真もありました。

手紙にはエドゥアールの父が、サラの養育費として毎月100ポンド送ってくれたお礼と、成長したサラの様子が書いてありました。

ジュリアは続いてジュール・デュフォールの孫、ニコラとエドガーの居所を調べ始めました。

ジュリアと夫のベルモンド子供産むかどうか揉めた後、夫の意見が通りジュリアは中絶手術を受けることになりました。

病院の待機室で手術を待つジュリアの元に、ニコラの娘ナタリー・デュフォールから電話が入りました。電話を受けたジュリアは、中絶手術を中止して、ナタリーと会うために病院から出て行きました。

ナタリーの話によると、

1953年5月、サラは許しを請う手紙を残し、家を出て行ってしまいました。その後しばらくは、サラがどこに居るか分からなくなりましたが、1955年、サラから結婚したことを知らせるカードが届いたとのことです。

見せて貰ったカードには『サラ・デュフォールトとリチャード・レインズファードは1955年6月2日、ブルックリンで結婚しました』とだけ書いてありました。

ジュリアはニューヨークに住んでいる妹のアリスに頼んで、サラとリチャード・レインズファード夫妻の住所を調べて貰い、ニューヨークに行きました。

レインズファードと言う名前が珍しいせいか、アリスから渡された住所録には5件の住所が書かれていました。

ジュリアはタクシーを使って、一軒一軒訪ねて回り、サラとリチャードの家にたどり着けました。

ただその家の人の話では、サラは1966年に交通事故で亡くなり、2年後に今の奥さんと再婚したそうです。その奥さんの話では、サラが産んだ息子のウィリアムはイタリアに渡り、イタリアの娘と結婚して、今はフィレンシーツェで料理関係の仕事をしているそうです。サラの夫だったリチャードに逢いたい言いましたが、彼は今重い病気を患っているため、断られてしまいました。

 

ジュリアはイタリアに渡り、フィレンツェでサラの息子ウィリアムに会いました。

ジュリアがパリに居た頃のサラの話しをすると、ウィリアムは母は
フランスの農家の一人娘で、パリに行ったこともないし、ミッシェルという名の弟が居た話も聞いたことがないと言いました。そしてサラの子供だったときの写真を見せると、ウィリアムは胸に付けられた星に気づき、私の母は絶対ユダヤ人でないと言い張り、ここで話は途切れてしまいました。

後日、ニューヨークに父親の病気見舞いに行ったウィリアムは、父からジュリアの言ったことは本当であると明かされました。サラはウィリアムが生まれると『ユダヤ人(ユダヤ人の母から生まれた子は、自動的にユダヤ人となります)であると、命が危ない』と言って、生まれたばかりの彼を病因から連れ出し、教会で洗礼を受けさせました。

年が経つとウィリアムに本当のことを教えるべきかで、リチャードと争うようになって鬱状態が続き、酒や薬で誤魔化していましたが、最後はトラックに突っ込んで自殺してしまいました。

そしてリチャードは結婚してから自殺するまでの、サラが書いていた日記を、ウィリアムに渡しました。ウィリアムが日記を開くと、中から小さな鍵が出てきました。

2年後、ジュリアは生まれたばかりの娘とゾーイを連れ、ニューヨークで夫のベルトランとの別居生活をしています。

そんな時、ウィリアムから連絡があり、彼が指定したレストランで会うことになりました。そのレストランから眺めるニューヨークの景色が気に入ったサラは、子供だったウィリアムを連れてよく来ていました。

ウィリアムはジュリアにサラの日記を見せね二人の話は盛り上がりました。

ウィリアムがジュリアが連れてきた幼い娘の名前を聞いた途端、泣き出してしまいました。

映画を見ていた私もこの場面で、つい涙ぐんでしまいました。

ジュリアと夫のベルトランが、子供を産むかどうかで争う話しは映画の本題と関係がないと思ってみていましたが、最後の最後でその謎が解けました。

子供の頃のサラと、大人になったサラを演じている俳優の二人がもつ、思い詰めたような眼の表情が印象に残リます。

 

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