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亀仙人2映画 「グレート・ウォー」
2019年 アメリカ
第1次世界大戦休戦直前、リバース大佐は前線で行方不明となった黒人部隊(バッファロー・ソルジャーズ)の救出に出発しました。しかし、発見された黒人部隊の隊員は、11月11日午前11時の休戦協定の発効になる時間まで、奪ったドイツ側の領土を守り切ろうと、戦う決意を固めていました。
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監督 | スティーヴン・ルーク |
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脚本 | スティーヴン・ルーク |
製作 | ディーン・ブロックソム アンドレ・レリス トリニティ・シューツル |
製作総指揮 | ディーン・ブロックソム グラハム・シューツル |
出演者 | ロン・パールマン ビリー・ゼイン ベイツ・ワイルダー |
あらすじと解説
この映画の舞台となった、ムーズ・アルゴンヌ攻勢
英語の題名『The Great War』は第1次世界大戦を意味します。まだ第2次世界大戦は始まっておらず、人類の歴史で初めて世界中で6000万人~7000万人の軍隊が動員され、推定900万人の軍人と1300万人の民間人が死亡した大きな戦いでした。この戦いは、1918年11月11日午前11時休戦協定が発効されるまで続きました。
この映画は、休戦協定が発効される3日前の1918年11月8日、アメリカ軍の最前線から始まります。
第1次世界大戦で、アメリカは初め中立の立場をとっていましたが、1917年4月6日、ドイツに対して宣戦布告を行い第1次世界大戦に連合国側に協力する国として、参戦しました。しかし、当時のアメリカ陸軍は16万人しかおらず、あたらしく徴兵制を敷き、新兵を訓練してアメリカ外征軍を組織して、ヨーロッパに送りました。
アメリカ外征軍が本格的に戦闘に参加したのは、1918年9月12~15日のサンミッシェルの戦いからで、この映画は、そのあとに行われたムーズ・アルゴンヌ攻勢(1918年9月26日~11月11日)を舞台にしています。
アメリカが参戦を決意するまでの過程は、こちらに書いてあります ↓
サンミッシェルの戦いと、ムーズ・アルゴンヌ攻勢についてはこちらをご覧ください ↓
黒人部隊「バッファロー・ソルジャーズ」について
「バッファロー・ソルジャーズ」の起源は南北戦争(1861~1965年)の時、いくつかのアフリカ系アメリカ人の連隊(有名な第54マサチューセッツ志願兵部隊と多くの黒人部隊)が北軍と並んで戦うために作られたのが始まりです。
南北戦争が終わった後の1966年、平時のアフリカ系アメリカ人だけの連隊として第10騎兵連隊が創設されました。
「バッファロー・ソルジャーズ」の名前は、1867年のシャイアン族の戦士の名前や、1971年コマンチェ族と戦った時の名前から来たと言われていますが、一般には黒人の縮れた頭の毛が、バッファローの頭と似ているところから、インディアンが名付けたとされています。
バッファロー(アメリカバイソン)の頭部
出典 Wikipedia
第10騎兵連隊は西部開拓時代のインディアン戦争やスペインとの米西戦争に参加し、第1次世界大戦当時の1916年には、メキシコで革命軍を率いていたパンチョ・ヴィラを追跡するメキシコへのパンチョ・ビリャ遠征(1916年3月14日~1917年2月7日)にも参加しました。
馬に乗ったパンチョビリャ(日付のない写真、1908年から1919年の間)
1915年10月、米国政府がヴィラのライバルで元同盟国のベヌスティアーノカランザ(後のメキシコ大統領)をメキシコ新政府の長として公式に認めたことで、反政府の革命家であるパンチョビリャは度々国境を越え、アメリカに侵入して殺戮と、財産を奪い始めました。
出典 Wikipedia
これに怒ったウィルソン大統領は、パーシング少将に部隊を率いて、パンチョビリャの追跡を命じました。
ジョン・ジョゼフ・“ブラック・ジャック”・パーシング
後のヨーロッパ派遣軍総司令官の時の写真
出典 ウィキペディア
この戦いでパーシングは、1895年から配属されていた第10騎兵連隊(バッファロー・ソルジャー)と、第7騎兵隊を率いてメキシコ領内に進軍しました。
映画の中で、前線に取り残された黒人兵を「見殺しにしろ」との声に反して、彼ら(バッファロー・ソメジャーズ)の救出に拘ったのは、この事情からです。
この遠征は1917年2月パンチョビリャを捕らえることなく、アメリカ軍がは撤退し、1917年2月7日、新憲法を発布して大統領となったカランザが引き継ぎました。
パンチョビリャは、その後も逃げ延びてゲリラ活動をしていましたが、対立していた革命派の手により、1923年7月20日暗殺されてしまいました。
第10騎兵連隊は、メキシコ国境の警備のため第1次世界大戦に参加しませんでした。
しかし、黒人で構成された第92師団(映画に出てきた第365部隊はここに含まれていました)と第93旅団がヨーロッパに送られましたが、白人たちに嫌われ、フランス軍に編入されてしまいました。彼等も本国の第10騎兵連隊にちなんで「バッファーロー・ソルジャーズ」と呼ばれました。
彼等の大部分は、荷役や塹壕堀りなどの雑務に勤務しましたが、中にはフランス軍の一部としてイタリア戦線に従事した者もいます。1918年9月、フランス軍とアメリカ軍によるムーズ・アルゴンヌ攻勢が始まると、今度はアメリカ軍として作戦に参加しました。
ムーズ・アルゴンヌ攻勢の説明はこちらにあります ↓
この映画はムーズ・アルゴンヌ攻勢終盤の1918年11月8日から始まります。
11月8日
第1次世界大戦休戦間近の塹壕の中で、ウィリアム・リバース大尉はひとりPTSD(戦争神経症)と戦っていました。PTSDは戦争で自分が殺される恐怖や、仲間の無残な死に様などが突然記憶から蘇り、フラッシュバックを起こすストレス状の病気です。
彼は何とか戦場から逃げ出したい気持ちを抑えて、待機している彼の部隊の所に向かいました。
途中、黒人の第365部隊を率いるロバーツ大尉と会いました。ロバーツ大尉は、リバース大尉と同期で昇進も一緒でした。彼はそれまで塹壕堀や、物資の輸送をしていた黒人兵を鍛えて、戦闘に参加できるようにしました。
リバース大尉がPTSDを抱えていることを知っているロバーツ大尉は、ブランデーを一口飲ませて、リバーツ大尉を送り出しました。
突撃が始まると、リバース大尉は恐怖心に囚われ戦場から逃げ出そうとしました。そこに一人の黒人兵が来て、パニックに陥っているローパツを思い切り殴り、気絶させました。
気絶から覚めたロバーツは、残っていた見方を集め敵の塹壕に飛び込み、機関銃座を制圧して味方の勝利を呼び込みます。
この戦いで死んだ兵士の中に、先ほど分かれたロバーツ大尉が居ました。
11月9日
スイスにほど近いフランスのショーモンにあるアメリカ外征軍の総司令部にいるモリソン大佐の元に、第365部隊に属する黒人部隊の一部との通信が途絶えたとの連絡が入りました。事態を重く見たモリソン大佐は、パーシング将軍に判断を仰ぎました。
パーシング将軍は、次のリンカーンの言葉を引用して、
『黒人は白人と同じく、自分の意思で行動する。なぜ彼らが我々のために働くのか?何の見返りもないのに。自らの命を懸けて彼らにとって大きな期待があるからだ。それは自由への期待。我々はその期待を決して裏切ってはならない。いつか戦争は終わり、その時黒人は立ち上がるだろう。彼らは自由を求め、黙って歯を食いしばり、銃剣を握るに違いない。皆、人類に貢献した者たちだ。一方白人は相変わらず、偏見を持ち続ける。心の悪意は消えない。だが言葉巧みにそれを隠そうとする。 A・リンカーン』
ドイツとの戦いだけではなく、黒人の権利と自由を獲得するために、ヨーロッパで戦っている黒人部隊の救出を命じました。
一方リバース大尉は前線の司令部に行き、担当の第3区域を制圧しましたが、黒人の第365部隊の1小隊が行方不明になったと報告しました。
司令部に居た将校はリバース大尉に、行方不明になっている小隊の救出を命じました。
リバース大尉は
「部下の中に黒人と一緒に戦うことを嫌うものが居るので…」
と断りましたが、上からの命令とのことで、押し切られてしまいました。
仕方なく道案内のため、もと第365部隊に居た黒人兵のケイン2等兵を探し出して部隊に加え、出発しました。
しばらくして臨時に作られた赤十字の野戦病院に着き、収容されていた第365部隊の負傷者から大体の位置を聞き出すことが出来ました。
途中、林の中に建てられた家の中に潜んでいたドイツ兵が機関銃を撃って来て、一行はその場に釘付けになってしまいました。そこに残ったドイツ兵を警戒していた第33軍の正体が通りかかり、機関銃を破壊したおかげで助かりました。
その晩はそのままドイツ兵が居た小屋に泊まります。
そのころショーモンのアメリカ外征軍の司令部では、モリソン大佐が、パーシング将軍にドイツが休戦協定に署名したと報告を、持ってきました。
協定には2日後の1918年11月11日午前11時に、休戦に入ることになっていて、その時点で連合国軍が確保したドイツの領土は、フランスが引き継ぐことが書いてあります。そのためドイツ領内にいる第365部隊の黒人兵士たちは、領土を取り返そうとするドイツ軍の猛攻撃を受けることが、予想されます。
報告が終わった後でモリソン大佐は、パーシング将軍に、なぜそんなに黒人部隊に拘るのか聞きました。
パーシングはかって黒人たちで構成されていた第10騎兵部隊を指揮していたことが有り、黒人といえども勇敢且つ信頼のおける兵士たちであり、なんとしても彼らを助けたいと思っていると答えます。
11月10日
夜が明けて、部隊は再び取り残された第365部隊の救出に向かいます。
途中ドイツ軍が仕掛けておいた罠にかかり、二人の兵士が死亡しました。
黒人嫌いのカーディニは、
「黒人達のために、なぜ白人の俺たちが犠牲にならなくてはならないのだ」
と言って、黒人のケイン2等兵に殴りかかりました。
止めに入ったリバース大尉は
「黒人が嫌いならば、嫌ってもいい。ただそれは帰ってからやれ。
今助けに行っている黒人達は、黒人でも白人でもない。同じアメリカ軍の兵士で仲間なのだ。仲間を助けるのが嫌だというのならば、ここで帰れ。許可する。私はひとりになっても、この任務を続ける。」
と言ってこの場をおさめました。
しばらく行くと黒人部隊の斥候兵に出会い、本体まで誘導してもらいました。
第935部隊は27名の死者を出し、現在はペリー軍曹が指揮を執っていました。
ペリ―軍曹は、
「死んだロバーツ大尉は、塹壕を掘ったり、補給品を運んでいた私たちを上に掛け合って訓練し、兵士にしてくれた恩人」
だと言い、最後まで敵から奪ったこの丘を守り通すつもりだと言いました。
ペリー軍曹が見せたドイツ軍が投降を呼びかけたビラによって、明11月11日午前11時に休戦になることを知ったリバース大尉は、あと1日、休戦になるまで戦って、彼らと一緒に帰ることに決め、ドイツ軍と戦う準備にはいりました。
その時、ドイツ軍の使者がやって来て、明早朝2個大隊で攻撃を開始するからそれまでに投降するように通告しました。
ドイツ軍使者が帰った後、リバース大尉はペリー軍曹と部下を連れてドイツ軍の様子を探りに行き、大砲があるのに気が付きました。どうしようかと思案している時、ペリー軍曹は、
「砲弾ががなければ撃てませんから、始末してきます。」
と言って、ドイツ軍の塹壕に飛びこみ、戦い始めました。
ここで一旦画面が暗くなり、ペリー軍曹が塹壕で戦っているところから始まります(しかも、暗くなる前と同じカットが出てきます)。
なんで暗くなったのかと思ったら、この暗い場面で日付けが変わったことにして、11日早朝にドイツ軍が攻めてくる場面になっています。
これは、あまりにも酷すぎます。
せめてカメラにフィルターを付けるなどして、夜の雰囲気を出し、ペリー軍曹たちが、ドイツ軍陣地に静かに忍び込む場面を入れて欲しいです。
ペリー軍曹は負傷しましたが、砲弾の集積場所に着き、部下を帰した後、手榴弾を使って砲弾を爆破しました。
休戦時刻の11時5分前、リバース大尉の部隊は多くの死傷者を出し、大人数のドイツ軍部隊に丘の上まで追い詰められたうえ、弾薬も無くなりかけていました。
そこでリバース大尉は自身も腹に銃弾を受けていましたが、残り少ない全員に丘に登って来るドイツ軍に対して、銃剣突撃を命じました。
死を覚悟して突撃して来るアメリカ兵に対して、ドイツ軍兵士たちは休戦を目の前にして死ぬのを恐れたためか、撤退していきました。
11時3分、すべての戦いが終わった後、リバース大尉は先に病死した妻からの手紙を、黒人のケイン2等兵に読んでもらいながら、息を引き取りました。
最後に一言でいえば
題材は素晴らしいのに、低予算、かつ制作意欲のない監督が作った、B級感満載映画の見本です。
よっぽどお金がなかったためか、映画の最初に出てきた塹壕や、途中の森の中の屋敷は、ミネソタでエキストラの一人が所有しているペイントボールやエアガンでサバイバルゲーム(サバケ―)するフィールドで撮影されました。
そのため、窪地をトタン板で囲っただけのように見える箇所があります。また塹壕を土どめするための板の間から、光が漏れているところもあり、興ざめでした。
ドイツ軍が立て籠って機関銃を撃って来る林の中の屋敷は、白い塗り壁が白く塗った合板で出来ている為、合板の継ぎ目がはっきり見て取れます。
最後の場面に出てくるドイツ軍の塹壕の中は、草ボウボウです。
ドイツ軍が使用している機関銃(MG08/15?)は、弾帯なしで撃っています。
撮影場所が限定されている為か、同じ広場や林が何回も出てきます。
ついでに言うと、ドイツ軍役のエキストラは、このフィールでプレイしている人たちで、銃や軍服もその人たちが自前で用意したものだそうです。
最悪なのは、パーシング将軍のいるアメリカ外征軍が司令部として使っている屋敷で、フランスなのに庭に巨大なサボテンがあり、屋敷の裏にはシュロ(ヤシ?)の木が何本も生えています。この屋敷はカリフォルニア州のパサデナで撮影されました。
脚本(監督と脚本は スティーヴン・ルークが勤めています)では、白人と黒人が簡単に仲直りせず、最後の場面で居残りを決めた黒人達を置き去りにした帰ろうとした白人達が、ドイツ軍に包囲されたため、帰れなくなり一緒に戦う設定にすると、もう少し面白くなると思いました。
あらすじの所でも書きましたが、11月10日から、11月11日に移るところがはっきりとしません。このままでは日付が変わったことが、分かりません。
同じアルゴンヌの森で取り残された部隊を扱った映画です。こちらは取り残された部隊が、救出されるまで間の戦いを描いています。↓
フランス軍に志願兵として参加した、アメリカ国籍の黒人パイロットが、アメリカから受けた仕打ちを書いてある映画の記事です ↓