なぜ戦争が始まるのか 

映画からその訳を探ってみようby亀仙人2世

誰がなぜ戦争を起こすのか。「9.11」から「イスラム国」まで その5 オバマ大統領と「イスラム国」

time 2018/03/16

誰がなぜ戦争を起こすのか。「9.11」から「イスラム国」まで   その5 オバマ大統領と「イスラム国」

オバマ大統領の誤算

大統領選挙でイラク戦争を終結させることを公約し、いったんはイラクからの米軍全面撤退を行いました。しかし、再びイラクを攻撃することになったのです。アイキャッチ画像はイラク空爆再開を発表するオバマ大統領。出典 情報速報ドットコム

イラクからのアメリカ軍撤退

バラク・オバマは大統領選に出馬する前から、ブッシュ政権がアフガニスタンとイラクに軍事介入を行い、それが泥沼化したことを批判していました。大統領選期間中には、イラクに展開する米軍の16か月以内に完全撤退することを公約として掲げていました.

タリバンとフセインを政権から放逐した後も、治安維持のため遠い外国でアメリカ軍兵士がどんどん犠牲になっていく現実に、戦争に反対する人々の支持を受け、大統領選に勝利しました。

この公約の実施は遅れましたが、2010年8月18日アメリカ戦闘部隊はイラクからの撤退を完了しました。残りのイラク軍や警察の訓練および支援のためにイラクに駐留したアメリカ軍約5万名も、2011年12月18日に撤退を完了して、イラクの治安はマリキ首相に任されることになりました。

 

この辺の経緯はこちらをご覧ください ↓

誰がなぜ戦争を起こすのか。「9.11」から「イスラム国」まで その4 イスラム国の誕生

 

イラク戦争の10年間で、アメリカ軍の死者4.400名以上、後遺症の残る大けがを受けた人も3万2000人になります。また、アメリカではホームレスの7人に一人が、イラク戦争からの帰還兵と言われています。厳しい戦場から帰って、社会に適応出来なくなってしまったからです。

イラクからの帰還兵がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされる映画です。 ↓

イラク戦争から帰還した勇者たち、でも祖国アメリカで次の戦いが待っていた 映画 勇者たちの戦場

またイラク戦争はアメリカの財政も蝕んでいます。イラクとアフガニスタンでの戦費は約380兆円と言われており、さらに戦場に送られた180万人の兵士の年金や遺族への補償などで、今後40年にわたり200兆円の負担が続くと予想されています。

大規模な陸上戦を伴う戦闘は、アメリカの国力を著しく低下させました。このためオバマ大統領は、今後海外における戦闘で陸上部隊の派遣はしないとの方針を打ち出さざるを得なくなりました。

このためアメリカは2011年末にイラクから撤退しました。

しかし、マリキ首相はアメリカ軍がいなくなると、スンニ派の政府関係者を政権から外し、スンニ派住民に対して迫害を起こしました。

スンニ派住民はマリキ首相の迫害に対して抵抗運動を起こし、一時は1000人程度まで衰退してシリアに逃げていたイラクのアルカイダを国内に呼び戻すきっかけとなりました。

イラクのアルカイダは、シリア国内の混乱に乗じて勢力を伸ばし「イラクとシャームのイスラム国」と名乗っていましたが、2014年6月にイラクのモスル攻撃に勝利したことで一気に勢力を伸ばし、カリフ制のイスラム国家「イスラム国」の成立を宣言します。

アメリカが期待していたマリキ首相は、期待を裏切りイスラム国建国の原因を作ってしまたのです。

シリアのアサド政権

2010年末チュニジアから始まった「アラブの春」は、2011年3月チュニジアとエジプトでの政変を受けて、シリアでもアサド政権に対して市民たちが政治改革を要求する声を上げました。

これに対してアサド政権は、軍・治安部隊を用いてこれを激しく弾圧し、多数の国民が犠牲になりました。

しかし、国際社会は「シリアではあまり石油が出ない」ため、介入を見送りました。

またシリアは中東の要の位置にあり、イスラエルとの関係で下手に手出しをすると収拾がつかなくなるという恐れがあります。

さらに、アメリカもアフガニスタンやイラク派兵の失敗で国内世論が海外派兵に反対しているのと、国家予算の関係でシリアへの介入は見送ることになりました。

こうして市民が殺されていく中で、反政府勢力としてイスラム過激派が勢力を伸ばし、シリア北部を支配するようになり「イラクとシャームのイスラム国」ISILができました。

このISILが、マリキ政権の下で混乱しているイラクに進出してさらに勢力を伸ばし、「イスラム国」となります。

アラブの春に関してはこちらをご覧ください ↓

誰がなぜ戦争を起こすのか。「9.11」から「イスラム国」まで その6  番外編 「アラブの春」

 

手のひらを返したオバマ大統領

2014年6月9日ISILがモスルを陥落させ、さらに勢力を伸ばし6月29日「イスラム国」建国宣言を出しました。このことはイラク戦争を終結させたオバマ大統領としては、イラク国家の分裂と過激派集団によるイラク国内での新国家の樹立は容認できない事柄です。

2014年8月8日オバマ大統領は、「イスラム国」への限定的な空爆を再開しました。

この空爆の目的は「アルビルにおけるイスラム国の進撃を食い止めること」と、「山頂に追い詰められたイラク人市民を助けること」に限定しました。

アルビルはイラク北部のクルド人自治区の首都でアメリカ領事館が置かれています。モスルがイスラム国に攻撃されたとき、多くの人たちがエルビルに逃げ込んできました。アメリカは領事館員や、モスルから逃げてきたアメリカ人を保護するという名目で空爆を行います。

クルド人自治区とペシュメルガ

クルド人とは、トルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯に跨って住む中東の先住民族で、人口は約3000万人と言われています。

イラクに住むクルド人は、1970年3月11日イラクのバース党政権とクルディスタン民主党の間で成立した協定にもとづいて自治地域が設置されました。

イラン・イラク戦争末期の1988年3月16日、イランの協力したという理由で、イラク軍から毒ガス攻撃を受け多くの住民が殺害されました(ハラブジャ事件)。

1991年の湾岸戦争に際し、クルド人はサッダーム・フセイン大統領に反抗して決起しましたが、アメリカから十分な支援を受けられず多くの犠牲者を出しました。

そののち、多国籍軍がイラク北部に飛行禁止空域を設けて保護したことで、事実上バース党政権の支配を離れ、実効支配を手に入れることが出来ました。

2003年イラク戦争を始めるにあたって、アメリカはフセイン政権と対立し、かつイラク国内の情勢に詳しいクルド人に協力を仰ぎました。クルド人側は、湾岸戦争の時と違って最後まで見捨てないことを条件に協力を約束しました。

ペシュメルガ(クルド語で『死に立ち向かう者』という意味)は、イラク領内クルド人自治政府が保有する軍事組織です。

イラク戦争後、年間5億ドルの費用をかけ、兵力・装備の充実を図ってきました。またアメリカからも総額10億ドルの軍事援助も受けています。

そのため日本の自衛隊25万人に近い20万人の兵力を有し、イラクの過激派からクルド人自治区を守ってきました。

しかし、モスル陥落でイラク政府軍から鹵獲した最新のアメリカ製兵器によるイスラム国の攻撃でアルビル近郊までの侵入を許してしまったのです。

このことから、アメリカはイスラム国への空爆を決意しました。

もう一つの「山頂に追い詰められたイラク市民」とはイスラム国の攻撃から逃げるため、シンジャル山の山頂に避難したヤズディ教徒のことです。

ヤズディ教とは、中東のイラク北部などに住むクルド人の一部において信じられている民族宗教です。ジンジャル山周辺の村々にその多くが住んでいます。

ヤズディ教徒の主な居住地域  出典 アジアプレス

8月2日の夜、シンジャルの周辺にある2つの村に迫撃砲が撃ち込まれ、戦いが始まりました。シンジャル山周辺に住む人々のうち約4万人が、シンジャル山山頂に逃げ込みました。しかし、水と食料がないため餓死する人々が出ます。アメリカ軍はイスラム国に対する空爆をする一方、イラク政府軍とともに食料や水をヘリコプターで届け、帰りには避難民を乗せいもどります。

こちらの空爆は、人道上の支援という名目です。

空爆開始の翌8月9日、イラクのペシュメルガやトルコのクルド軍(PKK)とシリアのクルド軍(YPG)が救援に向かい、避難民の救助に当たりました。

8月8日の空爆と同時に、オバマ大統領はこのような事態を引き起こしたマリキ首相に対し、
「三選を諦めて首相の座を譲れば、兵器も売るし、必要な軍事援助もする。」
と強烈な政治圧力をかけます。

これを受けて、イラク国内のシーア派やイランなどからも一斉にマリキ首相退陣の要求が起こりました。

このためマリキ首相は8月14日の夜に首相退陣を決め、新たにアバーディ国民議会副議長が首相になりました。

アメリカの空爆開始から1週間で、イラクの政局は大きく動き新首相が就任することになりました。

8月18日には、アメリカ軍がモスルダムにあるイスラム国の処点を空から攻撃した後、イラク軍とクルド人のペシュメルガが合同でイスラム国を攻撃して、イラク最大のダムの奪還に成功します。

これまでクルド人側から、イスラム国に攻撃されているイラク北部にイラク政府軍の派遣を要求していましたが、マリキ首相は拒否し続けていました。マリキ首相がいなくなったことで、イラク政府軍とペシュメルガの合同作戦ができるようになりました。

イスラム国によってモスルダムが決壊されると、高さ4.5メートルの洪水が下流のバグダッドに襲い掛かり、大変な事態を引き起こす恐れがありました。

スンニ派地域で現地部族とイスラム国を引き離すには、新しく発足したイラクのアバーディ政権は、マリキ首相が迫害してきたスンニ派住民との融和的な政策をとる必要があります。

そのため副首相にはスンニ派の大物サレハ・アル・ムトラク氏を指名したほか、電力相にカッシム・アル・ファダーウィ氏、計画相にサルマン・アル・ムトラク氏など7つのポストにスンニ派の政治家を起用しました。

しかし、スンニ派住民のシーア派政権に対する反発は根強く、今後スンニ派住民との信頼を築き、挙国一致内閣を運営することが、アバーディ政権の大きな課題となります。

オバマ大統領、シリア空爆を決意

2013年8月、シリアのアサド大統領が住民に対して「サリン」を使い大量殺戮してもオバマ大統領は動きませんでした。もともとオバマ大統領はアサド政権に「化学兵器の使用は、レッドラインで軍事介入する」と宣言していましたが、アメリカの議会は直接アメリカ人に被害が及ばないため、アサド政権のシリア空爆に反対の立場をとりました。結局オバマ大統領はロシアの化学兵器廃棄との提案に乗って、空爆を見送ってしまいました。

イスラム国はアメリカがイラクで空爆を開始すると、戦車や大砲などの大型兵器をシリアに移動しました。イラクでは大型兵器は目立つため空爆の対象になってしまうからです。イスラム国の勢力をそぐためには、シリア国内への空爆が必要ですが、それにはアメリカの世論の後押しが必要です。

モスルダム奪還の翌日、2014年8月19日イスラム国は、シリアで行方不明になっていた米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏を処刑する映像をネットで流しました。

さらに9月2日には二人目の米国人ジャーナリスト、スティーブン・ソトロフ氏の殺害映像が流されます。

9月10日オバマ大統領はイスラム国に対して、

「イラクだけではなくシリアでもISIL(イスラム国)に対して行動することを辞さない。アメリカを脅かすものに安全地帯はない」

と述べ、イラクで行っている空爆をシリアに寛大する方針を述べました。

9月22日、アメリカはサウジアラビア・ヨルダン・アラブ首長国連邦・バーレーン・カタールの中東5か国とともにシリアへの空爆を開始しました。

9月24日の国連総会でオバマ大統領は、

「これはアメリカとイスラム国との戦いでなく、脅威を受けている中東の人々とイスラム国との戦いだ」

と主張して、国連安保理は、安保理決議第2178号を全会一致で採択しました。

イスラム国を国際的に追い詰める共闘体制が出来あがり、オランダ、ベルギーなどに続き20か国が加わりました。

イスラムテロの拡大

しかし、オバマ大統領の国連総会の発言を受け、イスラム国のスポクークスマン、アブ・ムハンマド・アドナニがイスラム国に賛同する仲間にたいして、イラク空爆に参加した国々に、

「今いる地で、イスラム国の敵に対する攻撃を行え」

と呼びかけ、世界各地でイスラム国に同調する者によるテロ事件が多発するようになりました。これによりイラクとシリアに留まっていたイスラム国の活動範囲が、全世界に広まります。

複雑なシリア情勢

アメリカをはじめ有志連合はシリアの反政府勢力の自由シリア軍と北部のクルド人勢力を支援して、イスラム国との地上戦を行なわせています。

ところが、アメリカはアサド政権を軍事的に崩壊させるとイラク戦争の二の舞いになることを恐れて、イスラム国とヌスラ戦線などのイスラム過激派だけを集中的に攻撃しています。

これに対してサウジアラビアなど、アサド政権打倒を求めていたスンニ派アラブ諸国は、イスラム国だけを攻撃すると、アサド政権を助けることになると反発しています。

かねてからアサド政権を支えてきたロシアも2015年9月からイスラム国に対して空爆を開始しました。ただロシアはアサド政権を助けるために空爆をしているため、反政府勢力に対しても攻撃しています。

2017年10月、クルド人部隊を主力とするシリア民主軍が、かってイスラム国の首都であったラッカをイスラム国から奪還しました。

また11月にはアサド政権軍が、イスラム国最後の処点である東部の町デリゾールを奪還しました。

シリア国内のイスラム国は確実に衰退に向かっていますが、有志連合が推スクルド人主体の反アサド政権側と、ロシアが後ろ盾となっているアサド政権の戦いは続きます。

結局シリアでは、イスラム国が台頭する前のアサド政権と、その政権を転覆させようとする反政府組織との戦いに戻っただけでした。

イラクのイスラム国

イラクでは2017年12月9日アバディ首相が、イスラム系過激組織「イスラム国」に対する勝利を宣言しました。

しかし、2011年米軍撤退後マリキ前首相がまず取り組んだことは、政権内のスンニ派副首相の逮捕をはじめ、スンニ派に対して弾圧したことです。これがイラクにイスラム国を呼び込む原因になりました。

現イラク首相のアパディ氏も、イラク統一に必要な国内の司法、軍、警察部隊にスンニ派住民を採用することもなく、スンニ派のための経済援助や公共サービスの提供もしませんでした。

さらにイスラム国との戦いの最終段階、スンニ派地区に投入したシーア派民兵がスンニ派住民に対して暴行や略奪などの不法行為を行っています。

2017年9月、クルド人地区の住民投票で独立を求める決議が採択されたのを受けキルクーク油田からクルド人を追い出し、またクルド人地区にある空港の国外便の発着を禁止しました。

クルド人自治区は山岳地底にあるため、油田からの収入や、300万人もの外国からの観光客の収入がなくなることは、大きな痛手となります。またキルクーク地区を失ったことから、2003年フセイン政権が倒れた時の状態と同じになりました。

イスラム国がなくなった後のイラクは、イスラム国誕生のきっかけとなったイラクのアルカイダができる前と同じ状態になります。

2018年初め、イラクとシリアはイスラム国誕生前の状態に戻り、これから今までと違う道を歩むか、イスラム国に代わる新しいイスラム過激派が台頭するか、分かれ道に立っています。

 

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