なぜ戦争が始まるのか 

映画からその訳を探ってみようby亀仙人2世

映画 「謀議」 ホロコーストを円滑に行うために開かれた、ヴァンゼー会議の映画です。

time 2018/12/07

映画 「謀議」 ホロコーストを円滑に行うために開かれた、ヴァンゼー会議の映画です。

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亀仙人2

映画 「謀議」

2001年  アメリカ・イギリス

1942年1月20日、ベルリン郊外のヴァンゼー湖畔にある親衛隊の所有する別荘で15名のナチス党高官とドイツ政府の高級官僚が集まり、『ユダヤ人問の題最終的解決』の実施についての会議が行われました。これにより、複雑に絡み合う官僚組織が、お互いの権限を乗り越えて親衛隊と共に『最終的解決』を円滑に行うことに同意しました。これによりホロコーストが一挙に加速します。

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監督ランク・ピアソン

脚本 ロリング・マンデル

製作 ニック・ギロット

製作総指揮 デヴィッド・M・トンプソン
フランク・ドールガー
フランク・ピアソン
ピーター・ツィンナー

出演者 ケネス・ブラナー
スタンリー・トゥッチ
コリン・ファース

撮影 スティーヴン・ゴールドブラット

編集 ピーター・ツィンナー

あらすじと感想

この映画は第2次世界大戦のナチスを描いていますが、場面の大部分はベルリン郊外にあるヴァンゼー湖に面した邸宅の食堂で行われた会議のシーンが中心です。

映画の冒頭で

「ヒトラーは1939年9月ポーランドに侵攻し第二次世界大戦が勃発。だが1942年冬、ドイツ軍はロシアで飢えと寒さに苦しみ、ヒトラーの腹心も客死。そしてアメリカ参戦。 千年帝国を築くヒトラーの夢に初めて陰りがさす。」 

とのナレーションが流れます。ナチスはポーランドをはじめ東ヨーロッパに進攻しますが、そこには何百万人ものユダヤ人が住んでいました。バルバロッサ作戦によりドイツはソビエトに戦争を仕掛け、獲得した領地にユダヤ人を移送するつもりでしたが、冬の寒さと、そびぅと軍の反撃により、ソビエト領内に新たに土地を獲得することが、出来なくなりました。

そこにアメリカが参戦を決めたことにより、戦局がドイツにとって一挙に悪化します。ドイツが抱える所謂「役立たずのユダヤ人(働けるものは軍需工場などで、強制労働させられました)」をどうするかについての会議(ヴァンゼー会議)が設けられ、ユダヤ人の最終的解決(ホロコースト)の実行について、親衛隊と政府の官僚組織が一致協力することを決めました。

この会議で議長を務めたのが、アイキャッチ画像のラインハルト・ハイドリッヒ親衛隊大将(出典 4travel.jp)でした。

ラインハルト・ハイドリヒ(1904年3月7日 – 1942年6月4日)

ドイツの政治家、軍人。最終階級は親衛隊大将(SS-Obergruppenführer)および警察大将(General der Polizei)。

出典ウィキペディア

国家保安本部(RSHA)の事実上の初代長官。ドイツの政治警察権力を一手に掌握し、ハインリヒ・ヒムラーに次ぐ親衛隊の実力者となった。ユダヤ人問題の最終的解決計画の実質的な推進者であった。その冷酷さから親衛隊の部下たちから「金髪の野獣(Die blonde Bestie)」と渾名された。戦時中にはベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治にあたっていたが、大英帝国政府およびチェコスロバキア亡命政府が送りこんだチェコ人部隊により暗殺された(エンスラポイド作戦)。

ハイドリヒは第二次大戦中にドイツ空軍のパイロットとしても出撃していた。枢軸・連合国を通じてこのような行動に出た高官は極めて珍しい。そして1940年4月のノルウェー戦線には第1飛行隊(JG1)所属のメッサーシュミットBf109のパイロットとして出撃した。またメッサーシュミット Bf110のパイロットとしてイギリスやスコットランドへの偵察にも飛んでいる。 1941年6月に始まる独ソ戦の東部戦線では単独飛行でソ連軍の対空砲火を撃破する活躍をしており、一級鉄十字章を叙勲している。

ハイドリヒは1941年7月31日にゲーリングから「ユダヤ人問題の最終的解決」の委任を受けており、ホロコーストの最高司令官とも言うべき存在であった。

1941年7月31日、ゲーリングからハイドリヒに出された「ユダヤ人問題の最終的解決」を委任する文書。引用ウィキペディア

アイヒマン親衛隊中佐 出典 4travel.jp

この会議でハイドリヒ親衛隊大将の副官としてアイヒマンは、会場の準備や、会議に必要な資料、議事録の作成などに関わっていました。

1941年8月から9月にかけて、ハイドリヒの口からヒトラーの命令により、全ヨーロッパからユダヤ人すべてを絶滅させることを知らされました。

この後アイヒマンは、アインザッツグルッペンのユダヤ人銃殺活動の視察、建設中のトレブリンカ強制収容所のガス室や、ヘウムノ強制収容所で行われていたガストラックによるガス殺の視察、さらに完成したトレブリンカ強制収容所のガス室の稼働状況などを見て回りました。

アイヒマンは第2次世界大戦後にイスラエル警察からの尋問に対して、これらの視察について「強いショックを受けたこと」や「正視できなかったこと」を強調しています。

ヴァンゼー会議の行われた部屋(当時の食堂、邸宅は現在ヴァンゼー会議記念館となっている)。右側の壁に出席者の写真が貼ってあります。出典 4travel.jp

ヴァンゼー会議に出席した15人の写真。出典 4travel.jp

この会議を開いたハイドリヒの目的は、「ガス室によるユダヤ人の最終的解決」に関係する親衛隊や各部局の同意を得ることでした。そのため会議に出席した人々を、この目的に向かって誘導していきます。ここがこの映画の見所です。DVDでご覧になる方は、ぜひ日本語吹き替えで見ることをお勧めします。駆け引きの細かいニュアンスが、字幕を読むよりもはっきりとわかります。

下の文書は、各国別の殺害する予定のユダヤ人の数を示したヴァンゼー会議の議事録の一部です。ヨーロッパ全土で1100万人のユダヤ人が「退去」の対象となっています。

出典ウィキペディア

この1100万人ものユダヤ人を「退去」させることについて、いろいろな意見が出ます。

まず、ルドルフ・ランゲ親衛隊少佐がリガで3万人ものユダヤ人を射殺し、彼らを排除しました。これを「退去」というのかとの、疑問が出されます。

それに対してハイドリヒは、それを「退去」と考える、と言います。

これを受けヒトラー総統の側近、首相官房局長クリツィンガー博士は、総統はユダヤ人を「排除」せよと命じたが、「抹殺」せよとは命じていないと、反論します。

ハイドリヒは、だから「退去」と言っている。ユダヤ人を「抹殺」することに対して総統は否定し続ける、と答えます。

これは官僚特有の「言葉の言い替え」で、つい最近日本でも、「そうりゅう型潜水艦」をオーストラリアに輸出しようとしたとき、潜水艦は「武器」ではなく「防衛装備」であり、オーストラリアに「防衛装備」を「移転」するのであって、武器輸出三原則に抵触しない、としたのと同じです。

またドイツ人とユダヤ人との混血については、「ニュルンベルク法」の制定に関わった内務省次官シュトゥッカート博士からは、混血のユダヤ人を殺すことは、今月のドイツ人を殺すのと同じであり、殺さずに不妊処置を行い子孫を根絶やしにするのはどうかとの意見も出されます。

多くのユダヤ人を抱えるポーランド総督府次官のヨーゼフ・ビューラーからは、何でもいいから早急にユダヤ人を「退去」してもらいたいとの要望が出される一方、四ヶ年計画次官のエーリヒ・ノイマンからは、ユダヤ人を大量に「退去」させると軍需産業の労働者が減り、戦争の遂行に支障が出るとの意見も出ます。

会議の最中ハイドリヒは度々休憩を入れ、反対する人を説得したり、恫喝したりして、反対しないようにしました。

大勢のユダヤ人を「退去」させるため射殺することは、リガのルドルフ・ランゲ親衛隊少佐の指摘するように、兵士の士気を減らし、特にドイツ系ユダヤ人の女性や子供を殺すことに多くの兵が動揺します。

また、戦局が悪化した今となっては、ユダヤ人を「退去」せるために大勢の兵士を前線から移動することは不可能であり、新たな方法を見つける必要があります。

いよいよハイドリヒが、奥の手を出す番が来ました。

それまで密かに行われていたT4(安楽死)作戦や、ガス・トラックで行われていたガスによる殺害をもとに、アウシュビッツに大規模なガス室を作っていることを明らかにします。

完成すれば、1時間に2500人、1日で6万人のユダヤ人を処理することが可能であり、生じた遺体は併設された焼却場で産業用の強力なガス・オーブンで処理され残余物も出ません。

あまりにも大きな規模に驚き、参加者一同、黙ってしまいます。

採決の結果、ガス室による「ユダヤ人問題での最終的解決」が全会一致で決定されました。

この計画は議長のハイドリヒにちなみ「ラインハルト作戦」と名付けられて実行されます。

この会議後、アイヒマンは、ゲシュタポ・ユダヤ人課課長としてヨーロッパ各地からユダヤ人をポーランドの絶滅収容所へ列車輸送する最高責任者となる。

1942年3月から絶滅収容所への移送が始まったが、その移送プロジェクトの中枢こそがアドルフ・アイヒマンであった。総力戦体制が強まり、一台でも多くの車両を戦線に動員したい状況の中でも交通省と折衝して輸送列車を確保し、ユダヤ人の移送に努めた。続く2年間にアドルフは「500万人ものユダヤ人を列車で運んだ」と自慢するように、任務を着実に遂行した。

引用ウィキペディア

この会議に出てきた「T4作戦」、「ニュルンベルク法」、「親衛隊移動殺戮部隊(アインザッツグルッペン)」、「ガス・トラック」、「ガス室と焼却所が一体となった建物(クレマトリウム)」の記事はこちらのブログやリンクしている映画の紹介に書いてあります。

ヒトラーその2 ユダヤ人迫害(ホロコースト)前編 第2次世界大戦まで

ヒトラーその3 ユダヤ人迫害(ホロコースト)後編 第2次世界大戦開戦、そして大量殺戮の始まり

映画 「灰の記憶」 アウシュビッツ収容所で働く、ゾンダーコマンドを扱った映画

この会議は極秘とされましたが、第2次世界大戦後の1947年、外務省次官補ルター分の会議録がドイツ外務省で発見され、明るみに出ました。

こちらのサイトで議事録や、会議の招待状の写真が掲載されています。

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