なぜ戦争が始まるのか 

映画からその訳を探ってみようby亀仙人2世

イラク戦争開戦の「大量破壊兵器」のウソを暴け。その2 映画 『記者たち  衝撃と畏怖の真実』

time 2021/11/20

イラク戦争開戦の「大量破壊兵器」のウソを暴け。その2 映画 『記者たち  衝撃と畏怖の真実』

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亀仙人2

映画 『記者たち 衝撃と畏怖の真実』

2019年   製作アメリカ

この映画は、『サダム・フセインが大量破壊兵器を持っている』との情報を最初に流した人を、指し示しています。

イラク戦争は、アメリカ政府が流した嘘の「大量破壊兵器」をサダム・フセインが所持しているとの情報がもとで、起こりました。全米のマスコミが政府の発表するする情報をそのまま流し、イラク戦争を支持しました。

その中で、孤立しながらも、イラク開戦の元となった「大量破壊兵器」捏造問題を追い続けてきたある新聞社とその記者たちの話を、事実に基づいて制作されました。。

アイキャチ画像は2003年3月19日イラク開戦を発表するブッシュ大統領 出典 THE WHITE HOUSE

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監督

ロブ・ライナー
脚本

ジョーイ・ハートストーン
製作

ロブ・ライナー
マシュー・ジョージ
エリザベス・E・ベル
製作総指揮

マーティン・シェイファー
ウェイン・マーク・ゴッドフリー
ロバート・ジョーンズ
アラステア・バーリンガム
トニー・パーカー
クリストファー・H・ワーナー
ロン・リンチ
出演者

ウディ・ハレルソン
ジェームズ・マースデン
ロブ・ライナー
ジェシカ・ビール
ミラ・ジョヴォヴィッチ
トミー・リー・ジョーンズ
音楽 ジェフ・ビール
撮影

バリー・マーコウィッツ
編集

ボブ・ジョイス
製作会社

アカシア・エンターテインメント
キャッスル・ロック・エンターテインメント
サヴィ・メディア・ホールディングス

 

この映画の舞台となったナイト・リッダーという新聞社は、全米に渡り傘下31社の地方新聞に記事を流す、当時アメリカ第2位の新聞社でした。

イラク戦争開戦までの流れは、こちらの解説をご覧ください ↓

誰がなぜ戦争を起こすのか。「9.11」から「イスラム国」まで その3 なぜ、アメリカはアルカイダと関係のないイラクに戦争を仕掛けたのか

2001年9月11日

同時多発テロの日、ナイト・リッダー社ワシントン支局は大騒ぎになっていました。局内ではCNNがニュースを流し続け、職員の多くはホワイトハウスが見える窓に群がっていました。

編集長のウォルコットは、大統領を追ってどの側近がこの事件の責任者になるか、調べるよう記者たちに指示しました。

 

ストロベルは、国務省職員からの聞き込みで国防総省が犯人として狙っているのはビンラディンではなく、イラクのサダム・セインだと分かりました。

同僚のジョナサンの調べでは、この説を唱えているのは、ラムズフェルド国防長官の他、リチャード・パール国防政策委員会委員長、アメリカ新世紀プロジェクトの議長ビル・クリストル(ウィリアム・クリストル)等、ネオコンと呼ばれるメンバーが加わっていることが、明らかになりました。

支局長のウォルコットは、

「サダム・フセインとビン・ラディンが手を組むなどと、誰が考える。本気でイラクを狙っているか、調べてこい。」

と言って二人を追い出します。

二人が上院の職員や中東問題の専門家、情報機関職員からの聞き込みで、この説を唱えているのはおもに国防総省関係で、国務長官のパウエルや情報部ではフセインとビンラディンは関係がないと見ているそうです。

この間ブッシュ大統領は、同時多発テロを未然に防げなかった自分の落ち度を隠すため、大衆の愛国心を煽りテロ実行犯のアルカイダの復讐を訴えていました。

この辺の事情はこちらをご覧ください ↓

9.11はなぜ防げなかったのかドラマ『倒壊する巨塔-アルカイダと「9.11」への道』 Vol.5

ブッシュ大統領の愛国心に訴える作戦は大当たりし、

『街はいたるところに星条旗が翻えって愛国心の波が広がり、困難な時ほど、アメリカの人々は一致団結するのです。』

とのニュースが流れていました。

ジョナサンが家に帰ると、娘が

「学校でアメリカは、自由を愛する偉大な国と授業で教わった。」

との話をしました。それを聞いた妻のヴラトカは、学校で愛国主義を教えるていることに、驚いていました。彼女の出身地であるユーゴスラビアでは、多くの愛国者主義者たちが戦争を起こし、国がバラバラになっていたのでした(ユーゴスラビア紛争)。

9.11同時多発テロから10日後の議会合同会議の演説でアメリカ湖民に向かってこう演説しました。

すべての国、すべての地域で、今や決断を下す必要があります。あなたは私たちと一緒にいるか、テロリストと一緒にいます。(拍手)この日以降、テロを抱えたり支援したりし続ける国は、米国から敵対的な政権と見なされるでしょう。

引用 議会合同会議とアメリカ国民への演説より

これは非常に危険な考え方でした。つまりブッシュ政権のアメリカ政府を信じない人は、テロリストの味方と同じことを意味します。

言葉を変えると、コーランに書かれたイスラム法を信じ、イスラム法に基づく国家・社会への回帰を求める、イスラム原理主義のテロリストと同じ考え方です。

『国が攻撃された』と言えば、愛国心溢れる人たちは、祖国を攻撃した相手に戦いを仕掛けるようになります。ブッシュ大統領は攻撃した相手をアルカイダから、攻撃を支援したとみなしているサダム・フセイン率いるイラクに、矛先を向けようとしていたのです。

 

しかし、世俗の名声と富を求めるサダム・フセインと、イスラム教の教え厳格に守る原理主義者のビン・ラディンが手を結ぶはずがなく、この目論見は崩れてしまいます。

そんな中ストロベルのもとに政府職員から元CIA長官のウールジーが、ウォルフォウィッツ米国国防副長官の指示で、1993年に起きた世界貿易センター爆破事件の再調査のため政府専用機でヨーロッパに行く、との情報が寄せられました。

1993年の世界貿易センター爆破事件

1993年2月26日、ニューヨーク市の世界貿易センターのタワー・ワンの地下駐車場でバンに積んでいた爆弾が爆発しました。この爆発で地下駐車場から地上4階までの床に穴が開き、死者4名負傷者1042名の被害が出ました。

調査の結果、この事件はアルカイダのテロであることが判明しました。

ただ建物の強度が爆発の威力を上回っていたため、アルカイダのテロリスト達が計画していた建物の崩壊は起こりませんでした。

ジェームズ・ウールジー

出典 Wikipedia

この事件当時CIA長官をしていたジェームズ・ウールジーは、テロリストの一人ラムジ・ユセフが、イラクの諜報機関で働いていたと主張していました。

これが本当なら、9.11テロは、イラクのサダム・フセインがアルカイダを使って起こしたことになります。

ウールジーの欧州派遣は、アルカイダとイラクとの関係を確かめるためのようです。

2002年1月29日

一般教書演説でブッシュ大統領機は、イラク、イラン、北朝鮮は大量破壊兵器を所有してテロを支援する「悪の枢軸国」であると非難しました。その中でイラクは長年要求し続けていた軍縮の遅さと、国連による大量破壊兵器査察を妨害したなどで、世界平和への脅威であると、強く訴えます。

この演説の後、政府はイラクとアルカイダの関係と、イラクが隠している大量破壊兵器をテロリストに渡して、新たなテロの脅威を訴えるようになります。

 

ストロベルは、国務省の上級職員、通称「調子外れ」のもとに話を聞きに行き、『イラクと戦うどうかの議論は終わり、今はフセインを、どう追放するかにかかっている』との言葉を引きだしました。

編集長ウォルコットも独自のコネを使い現地に駐留していた司令官からの連絡で、アフガニスタンの空爆でタリバンの勢力を弱めた後、治安活動に入る歩兵たちに移動命令が出たことが伝えられました。

更に情報機関分析官からは、アフガニスタンだけではなく、政府はもっと大きな戦争を望んでいる、との情報を得ます。

取材のためアフガニスタンに派遣されていた記者のジョナサンも、アフガニスタンの山岳地帯トラボラに追い詰めたビン・ラディンを取り逃がし、パキスタンに脱出させてしまったことを知ります。

イラクとの戦争が確実になり危険を察した支局長のウォルコットは、ベトナム戦争の従軍記者として名を上げ、引退後は小説家になっているギャロウェイに記者として復帰するように頼みました。再び悲惨な戦争が近づいていると感じていたギャロウェイは、頼みを受け入れました。

 

2017年のギャロウェイ

出典 Wikipedia

ベトナム戦争でUPIの記者として軍と共に行動を共にし、1965年ベトナムのイア・ドランの戦いで重傷を負った兵士を助けたことで、ブロンズスター勲章を授けられています。かっては作家のヘミングウェイもこの勲章を受けています。またこの戦いを題材にした小説「We Were Soldiers Once … And Young』は、メル・ギブソンが主役となり、2002年に公開された映画『We Were Soldiers』になりました。

この映画では、缶コーヒーのCMでおなじみのトミー・リー・ジョーンズが演じています。

 

アメリカ政府はブッシュ大統領だけではなく、チェイニー副大統領や、ラムズフェルド国防長官まで出して、イラクが大量破壊兵器を持っているのは確実だとして、国民の恐怖を煽り立てています。

アメリカ政府は国民に大量破壊兵器の恐怖を煽り立て、不安にさせたうえで、その不安から逃れるには、イラクのサダム・フセイン大統領を失脚させることが必要だとイラクとの戦争に向かわせようとしていたのです。

この手口は霊感商法の詐欺師がよく使う、恐怖を煽るだけ煽っておいて不安になったところで、自分の言う通りにすれば助かると言って、他人を思う通りに動かす方法と同じです。

ストロベルとジョナサンの二人は、議会や政府機関を回ってイラク戦争に反対する人たちの記事を集めて回りました。支局長のウォルコットはただ情報を集めるだけではなく、

「この先どうなるか、読者に分かるように書け」

と言って、二人の取材メモを取り上げました。二人の取材メモをもとにしたウォルコットの原稿の最後には、こう書かれていました。

うまくいっても米軍はイラクに数年留まり、民主主義を知らない国民を教育しなければならない。

悪くすると侵攻が引き金となり、イラク国内は民主主義グループの小国家に分裂し、米軍は内戦鎮圧のため何十年も撤退できなくなる。

二人の書いた記事を見た、国防総省(ペンタゴン)の職員が接触を求めてきました。

近東・南アジア課で分析官を務めている彼女の部署の近くに、ラムズフェルドが率いる秘密の戦略室が出来、秘密の情報を集めている、というのです。

普通は沢山の情報を分析して、危険な予兆を導き出すのですが、この戦略室ではイラクに侵攻するのに合った情報だけを集めていました。その情報はアラブ専門の人からではなく、イスラエル情報局から送られてきたものばかりです。

更にラムズフェルドは、亡命してきたイラク人を集め、イラク国民会議という名の反体制組織を結成させました。そして代表のアフマド・チャラビーを、次のイラク大統領に据えるつもりでした。イラクの大量破壊兵器の情報の大半は、このチャラビ―が提供していました。

これに関しては、2002年10月(映画では2002年10月になっていますが、ウィキペディアでは2002年2月になっています)の記者会見で

「イラクがテロリストを支援して、大量破壊兵器を提供する証拠は?」と聞かれた時

「何かがなかったという報告は、いつ聞いても面白い。知ってのとおり、知られていると知られていること、つまり知っていると知っていることがあるからだ。知られていないと知られていることがあることも我々は知っている。言ってみれば、我々は知らない何かがあるということを知っている。しかし、知られていないと知られていないこと、つまり、我々が知らないと知らないこともある」

引用 ウィキペディア

と答えています。

この答弁に対して2003年『やさしい英語普及運動』から、わかりにくい英語の演説、発言』をすることを顕彰して、『フット・イン・マウス賞』を受賞した。

引用ウィキペディア

ある情報機関職員の聞き込みでは、ラムズフェルドはイラクを侵攻を正当化する情報がなければ、クソの役にも立たない情報を偽装して、本物に仕立てている。イラクには政府が主張する大量破壊兵器は”絶対ない!”と言い切っていました。

2002年9月8日

得られた情報をもとに、ジョナサンが『政府高官によれば、大量破壊兵器の証拠なし』との記事を書いたいる時、ストロベルがニューヨーク・タイムズの号外を持って飛び込んできました。そこには『フセイン 核兵器を製造か』の見出しの元、過去14カ月にわたって、イラクが濃縮ウランの製造に必要な特殊なアルミ管を輸入していた。との記事が載せられていました。

その日の夕方、チェイニー副大統領はテレビ会見で、イラクがアルミ管を輸入していたのは、今朝のニューヨーク・タイムズが掲載した通り事実であると認め、イラクが大量破壊兵器を製造する試みをしようとしたことを、認めました。

2002年9月8日、ジュディス・ミラー記者による記事で「イラクが過去1 – 2年にウラン濃縮技術に必要なアルミニウム管数千本を入手しようとしていた」という政府関係者からの情報を掲載した。その日チェイニー副大統領はTVでのインタビューで「これは今朝のニューヨーク・タイムズにも載っていた確実な情報だ」と述べ、フセイン大統領の核開発疑惑を訴え、イラク戦争への世論誘導に利用した。後に捏造であると判明するこの情報を流したのは、他ならぬチェイニー副大統領のスタッフ(リビー副大統領首席補佐官)だった。チェイニー副大統領の自作自演である可能性が高かったが、ジュディス・ミラーとニューヨーク・タイムズは情報源秘匿の原則に従って、この事実をイラク開戦後もずっと隠蔽していたため「ブッシュ政権の情報操作に加担した」と厳しい批判を受けた。

引用ウィキペディア

これに関して支局長のウォルコットは、

「政府の広報に成り下がりたかったら、なり下がらせておけ。我々ナイト・リッダーは、政府が何か言ったら、必ずそれは本当ですかと聞け。我々は政府の味方ではない。自分の子供を戦場に送る家族の味方だ。」

と発破をかけます。

報道とは政府が隠していることや、知られては困ることを探り当てて広く知らせることであり、政府の言うことをそのまま流すのは、報道ではなく広報(政府のプロバガンダ)なのです。

イラク戦争に関して政府がウソをついていると感じた二人は、政府の言っていることが本当かどうか調べ続けました。

しかし、国民の大部分は政府が発表する、9.11同時多発テロはサダム・フセインが、ビンラディンを使って起こしたもので、フセインは隠し持っている大量破壊兵器を使い、次の攻撃の準備をしていると信じてしまいます。

2003年の国連安全保障理事会に、パウエル米国務長官が証拠として出した、アルミ管のスライド

出典 Wikipedia

上の写真はチェイニー副大統領が、テレビで発表したアルミ管で、専門家の意見ではウラン濃縮用の遠心分離機としては、細すぎて使えないとしています。

下の写真は、イランが公開したウラン濃縮施設の遠心分離機です。

イランが公開したウラン濃縮施設。

奥の人と比べると、大きさが分かります。

ウランをフッ素と化合させて作った、六フッ化ウランのガスを遠心分離器にかけると、ウラン235とウラン238の質量の違いにより、ウラン235は分離機の上にウラン238は分離機の下に集まる。これを何百何千回と繰り返すことで、ウランの濃度を高めていきます。

出典 ARAB NEWS

それにもかかわらず、ブッシュ大統領は、イラクが大量破壊兵器を所持していると主張していました。

 「差し迫った危険を目前に、決定的証拠を待っているわけにはいかない。決定的証拠が『きのこ雲』の姿で現れてくるかもしれないからだ」 (ブッシュ大統領、2002年10月7日、シンシナティ(Cincinnati)での演説)

引用 AFP BB News

国民に冷静な対処を求めるのではなく、大統領自ら恐怖心を煽ってイラク戦争に駆り立てていることになります。

ジョナサンは政府内の通称”核流出”から、チェイニー副大統領のテレビ演説は嘘であるとの確証を得て、記事を掲載しました。

2002年9月

ブッシュ大統領は 国連演説で、イラク政府に対して、大量破壊兵器の放棄とテロ支援の中止、自国民の迫害停止、湾岸戦争の捕虜の釈放など
を要求した。これに対して、サダム・フセインイラク大統領は、大量破壊兵器に関する無条件査察の受け入れに同意しました。

2002年10月11~12日

アメリカ議会は、議会が持っている開戦権限を大統領に移譲する決議案を、上院77対23、下院296対133の圧倒的多数で可決しました。これによって開戦権限が議会から大統領に移りました。

この会議では古参のロバート・バード議員が、捏造されたトンキン湾事件からベトナム戦争に介入し、5万8千人の米兵が死亡したことを例に出して、誤った情報による開戦の危険性を訴えました。

イラクとの戦いが確実になったところで、『国防総省が戦略室を設置』の記事が他紙にすっぱ抜かれてしまいました。この戦略室は、はるか以前から二人が追っていた目標でした。

その後も二人は「政府発表は嘘だ」、との記事を書き続けます。

しかし、ここで大きな問題が発生しました。ナイト・リッダー傘下の新聞社が記事の掲載をやめ始めたのです。支局長のウォルコットが各新聞社を回り、ナイト・リッダーの記事を掲載するように頼みましたが、どの新聞社も記事を掲載すると読者が減ると言って、いい顔をしませんでした。

アメリカ国民の大部分が、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの大手新聞社や、FOX. NBC. ABC. CNN. CBSなどの放送局が流す、政府の言うことが真実だと、無批判に受け入れるようになってしまったのです。

2003年1月24日

ニューヨークタイムズに”イラクに武装解除を要求”の記事が載り、そのあとに   “亡命イラク人社会、米国支持を表明”との、ジュディス・ミラー記者の署名記事が掲載されていました。

ジョナサンとストロベルの二人は、イラク国民会議事務所に出かけ、イラク国民会議創設者のアフマド・チャラビーと会見しました。

チャラビ―に大量破壊兵器のことを聞くと、「国内の反体制派からの情報だ」と答ました。

裏の取れない情報は流せないため、反体制派との接触を求めましたが、断られてしまいました。

さらに、「新大統領になるため、大量破壊兵器があるとの情報は、あなたが流したのでは?」と聞いたところ、怒り出したので二人は早々に退散しました。

 

アフマド・チャラビ―

アフマド・チャラビ―(1944年10月30日 – 2015年11月3日)

出典ウィキペディア

アフマド・チャラピーの生家は300年前のスルタン国から続く名家で、父親はイラク王国で銀行を経営していました。

1958年に起きたイラクの7月14日革命によりハーシム王政が打倒されると、一家はイラクを離れアメリカに移住しました。チャラビ―は16歳でマサチューセッツ工科大学に入り、その後シカゴ大学大学院に移り、数学の博士号を収得しました。卒業後はレバノンのベイルート・アメリカン大学(AUB)で教鞭をとりました。

1975年、レバノンで内戦(レバノン内戦)が起こり、彼はヨルダンに移住しました。

1977年、ヨルダン王の弟ハッサン皇太子と共にペトラ銀行を設立。やがて、この銀行はヨルダン川西岸地区に多数の支店を構え、ヨルダン国内第3位の銀行に発展します。

ヨルダン川西岸地区

出典 地球村

1989年8月2日、ペトラ銀行は大量の不良債権によって破綻し、政府の監督下に置かれました。当局の監査により、大量の不良債権のほとんどが、チャラビ―関係のものと分かり、チャラビ―は銀行詐欺の罪で22年の懲役刑を言い渡されます。しかし、刑が確定する直前、チャラビ―はイギリスに亡命してしまいました。この事件でチャラビ―は8000万ドルの資金を手に入れました。

湾岸戦争後の1992年、チャラビ―はサダム・フセインの政権交代を目標とする、イラク国民会議を設立しました。同時にワイントンDCとの接触を図りました。

1995年、当時のクリントン米大統領を説得し、サダム・フセインに対してクーデターを試みました。しかし、この計画は身内に親サダム派の指揮官が居たため、破綻してしまいます。

1998年、チャラビ―はフセインが大量破壊兵器を所持していることを訴え続け、アメリカは大量破壊兵器の製造や貯蔵に関わる施設に対して大規模な爆撃を(砂漠の狐作戦)を行いました。

同じ年、アメリカはイラクにおける反サダム派を支援するイラク解放法を決定し、イラク国民会議を主とする7つのグループに総額8700万ドルの活動資金を提供しました。

イラク戦争開始前の2003年まで、チャラビ―はネオコンの急進派ラムズフェルド国防長官や、リチャード・パール防衛政策協議会諮問委員会委員長と親しく、ブッシュ政権の大量破壊兵器の情報は主にチャラビ―から得ていました。

2004年以降イラクの大量破壊兵器の情報捏造の疑惑が沸き上がるとともに、チャラビ―はブッシュ政権から遠ざけられるようになってしまいました。

 

2003年1月28日

ブッシュ大統領はこの日の一般教書演説で、

  • 国連が、イラクが大量の生物・化学兵器の材料を保有していると結論した。
  • アメリカの情報機関は、これらの兵器を運ぶミサイルを大量に保有していると見られて居る。

更に、イラクがニジェールから大量のウラニウムを購入した(ニジェール疑惑・イギリスの情報)ことを述べ、危機が迫っていることを訴えました。

ニジェール疑惑についてはこちらをご覧ください ↓

イラク戦争開戦の「大量破壊兵器」のウソを暴け。その1 映画 「フェア・ゲーム」 

2003年2月5日

コリン・パウエル米国務長官は、国連安全委員会で演説して上のアルミ管とウラニウム輸入の他、ドイツから提供された移動式化学兵器実験室をあげ、イラクが大量破壊兵器を所有していると訴えました。

ドイツから提供された、移動式化学兵器実験室の画像。

この画像はドイツのイラク難民「カーブボール」の証言を基に、作成されました。

出典 Wikipedia

しかし、この情報に疑いを持っていたパウエル国務長官は、テネットCIA長官に確認したところ『100%確実だ。』と言われ、『それなら証人として演説の間、私のそばに居てくれ。』と言って下の状態で演説しました。

国連安全保障理事会で演説する、パウエル国務長官。

うしろの左側に座っているのが、テネットCIA長官

You Tube からの画像

これまで慎重だったパウエルがイラクの大量破壊兵器所持を認めため、アメリカ国民の間でイラク侵攻を支持する割合が大きく上がりました。

しかし、パウエル自身は後にABCニュースのインタビューでこの報告を『私の生涯の汚点であり、報告内容はひどいものだった』と反省の弁を述べています。

2003年3月20日

イラク戦争が始まりました。

2005年12月14日

ブッシュ大統領はワシントン市内の演説で

「イラクの大量破壊兵器に関する情報機関の分析は、多くが誤りであることが判明した。大統領として、イラク攻撃を決断した責任がある」と述べました。

 

この映画が製作された2019年までにイラク侵攻による

  • 戦費 2兆ドル
  • 米兵の死傷者 3万6千人以上
  • イラク人の死傷者 100万人以上
  • 発見された大量破壊兵器 0

でした。

映画の最後にナイト・リッダーの二人の記者ジョナサンと、ストロベル、ベトナム戦で従軍して活躍した古参のジョー・ジョー・ギャロウェイの他、ニューヨークタイムズの記者で米国政府から大量破壊兵器の秘密情報を流していた、ジュディス・ミラー記者が出演(すべて本人)しています。

 

『衝撃と畏怖 “Shock and Awe”』とは、2003年3月20日から始まった、イラク戦争の作戦名です。しかし、『衝撃と畏怖』はアメリカ国民にも当てはまります。9.11同時多発テロで衝撃を受けた米国民は、ブッシュ政権が流す大量破壊兵器の恐怖に操られ、正当な理由もなく、イラク戦争開戦に突き進んでしまいました。

その結果、イスラム急進派の数を増やすこととなり、イラク、シリアにまたがる準国家組織『イスラム国』誕生に至ってしまいました。また、世界各地に『イスラム国』を支持する同調者によるテロが多発する事態となりました。

こう考えるとアメリカは、9.11テロを実行したビンラディンの思惑通りブッシュ大統領が動き、イスラム急進派の勢力拡大に協力したこととになります

 

同じく大量破壊兵器のウソを暴いた人の話です。ついでにこの機密をニューヨーク・タイムズに流したのも、ジュディス・ミラー記者でした。

イラク戦争開戦の「大量破壊兵器」のウソを暴け。その1 映画 「フェア・ゲーム」 

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